びん博士インタビュー(5)
牛田:今までどんな方がボトル・シアターを尋ねたのですか。
びん博士:ほんとうにさまざまな人たちです。本を読んでいらした方、そうそう瓶好きの刑事さんもいらしたことがありますね。興味のあった指紋検出用瓶のことを逆にいろいろ聞いてしまいましたね。テレビを見ていらした人もいますね。いつぞやはおもむろにハンドバックから香水瓶をとり出し、オジとの不倫愛の思い出の香水瓶なのですが、預かって欲しいっていう人もいましたね。

牛田:ひとつの瓶でもいろいろ物語があって面白いですね。
びん博士:瓶を持っていた人のエピソードもあるし、また本来の瓶自体のドラマもありますからね。瓶の歴史をひもといていくと、自分は瓶の収集をしているのではなくて、産業史や人間ドラマの研究をしているのかなって錯覚に陥ることがありますね。でも横道にそれることはありなので、今執筆している「日本びん図鑑」は、そんな何でもありの幻想の書にしたいという気持ちがあります。
牛田:映画でもなにげなく瓶は置かれていますよね。
びん博士:小津安二郎の作品にも瓶がよく出てきますよね。ああいう日常のなかにある瓶っていうのがいいなって思うのですよ。瓶の最盛期って実は主に明治40年代から大正時代なのですね。その当時は何でも容器は瓶で、役割の機能はもちろんのことですが、商品として人目を引くみばえ、つまりデザイン的にも優れているのですよ。小津さんの映画だと昭和10年代の街の路地裏に耐酸瓶なんかが置かれているとか、その日常風景が実に瓶で見事に演出されていたりするのですよ。ところで宮澤賢治も瓶というか硝子ものに惹かれていたようです。雑貨屋に置かれた硝子製蠅採り器の向気ない描写など短編中で読んだことがありますね。それが妙にリアルなのです。
牛田:時代劇に瓶がでてきませんね。
びん博士:江戸時代はすごく貴重なものでしたからね。ギヤマン問屋と呼ばれていた加賀屋と上総屋は有名ですね。そこで作られた硝子製品はどれも高級品でしたから、一般の庶民には手のとどかないものでしたね。江戸期にも硝子瓶は作られましたが、庶民の器として使用出来るようになったのは明治10、20年代頃からですね。江戸時代にはガラスはビードロと呼ばれすごく薄手に作られていました。それらは言うなれば玩具の扱いだったのですね。日常の用途に堪えられるというものではなかったのですよ。
牛田:瓶が作られる背景には、器を必要としていたってことがあると思いますが、瓶の以前には何を代用としていたのですか。
びん博士:陶器です。軟膏薬などは貝殻に入れてありましたね。目薬は塗り薬だったので、やはり貝殻に入れていましたね。粉薬というのも多かったので、紙袋を使用しているものが大半でしたね。
牛田:薬瓶なんかもそのままリサイクルしていたのですか。
びん博士:ほとんどリサイクルするのではなくて、瓶商が選別してから、大半は粉々にガラス屑にして原材料にしていました。一升瓶などは、そのままリサイクルでしたね。当時「通い瓶」というのがありまして、一升瓶や牛乳瓶などもそうなのですが、酒屋で計り売りしてもらったり、牧場に行って牛乳を入れてもらうというのがありました。投薬瓶なども「通い瓶」のひとつでした。病院にいって処方してもらった薬を入れてもらったのです。
牛田:瓶の色にもなにか特色があるのですか。茶色瓶が多くあるので、遮光性のためかなとも思うのですが。
びん博士:もともとは白瓶、茶瓶、青瓶、というのがあって、白瓶は中身が見えるためのものです。茶瓶と青瓶は言われるように遮光性で紫外線などを防ぐものであり、内容物が変容しないようにするためのものです。明治にどうやら一時期青瓶のブームがあったらしいのですよ。西洋を感じさせてエキゾチックな色だっていうことだったのですね。当時瓶は硝子の屑で作られていたのです。今では製品はちょっとでも色が違ったらセンサーではねられてしまいます。ことに戦前は資材不足でしたから、どんな色の硝子屑でもかまわずに使っていて、あるときは混ぜていたのですよ。だから微妙に色が異なっていて、かえってそれが美しいのです。
牛田:どうして古い瓶がここにあるのかっていう鼻がきくのですか。
びん博士:収集しているうちにわかってきますね。特に瓶は割れ物で危険だという意識があったのでしょうか。昔は竹藪なんかに捨てていたみたいです。竹藪は素足では人は入れませんからね。竹藪といっても道路に面しているところから多く出てきますね。投げ捨てやすかったからですね。だから竹藪で斜面っていう場所には瓶が多く眠っていますね。
牛田:通報されたりしたことはないのですか?
びん博士:通報まではないのですが、人が来て「何しているの?」って聞かれるから「瓶探しています」と説明するのだけれど、信じてもらえず半信半疑って顔色にとまどったり。そうそう一度警官に職務質問されたこともありました。
牛田:中身の入っている瓶は集めないのですか?
びん博士:基本的に中身が入っている瓶にはあまり興味ないのです。よく製品として中身が入ってラベルが貼られた瓶を写真に撮ってきれいだろうという人がいますけど、それでは単に商品目録の写真のように思ってしまうのですよ。空き瓶は無用になってこそ、この世のなかと縁がなくなり過去のものになってこその存在なのですよ。現在のものとして存在する商品ではないところにこそ魅力を感じています。瓶というのはいわば幻想世界なのです。
牛田:とてもロマンティックですね。
びん博士:瓶っていうのは日本ではそれほど注目されなかったのですが、アメリカでは親子三代にわたって瓶の歴史本を書いている人もいるのですよ。アメリカで瓶が注目されたのは、西部開拓時代、ゴールドラッシュで廃墟となった街に散乱していた瓶たちの風景が、なにか象徴的で様になっていたことが背景にあったと思われます。人間がそこに生活していたというまぎれもない過去の証しがあったわけです。だからそうした西部の砂漠のなかに瓶があるというのは、まさに「強者どもの夢の跡」っていいたい風情が粋だったわけです。荒くれ男たちの夢の跡であり、人の欲望の空しさそのものであったり、また諸行無常の詩情(ポエジー)にもなりえたのですよ。ですから歴史の浅いアメリカではいち早く瓶に人々の目は引きつけられたのだと思うのです。つまりアメリカ人は瓶のなかにある種の郷愁とロマンを見たのだと思います。そこに人間が生きたという証しを見たのです。どんな人も生活も時が過ぎれば夢幻(ゆめまぼろし)。その意味で瓶は人間の切ない痕跡と重なるのですよ。
牛田:ありがとうございました。
- 牛田
- 2009年03月04日

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