文筆業 切通理作インタビュー(6)

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牛田:俳優さんはまた頼まれたらやります。


切通:もちろん。俳優は自己発見のおもしろさがある。言われたとおりにやっているだけなのに、出来た映像を見ると「自分ってこうだったのか」って思うんです。全部自分でコントロールする物書きの世界とは違う醍醐味があります。


牛田:『ヒミコさん』(藤原章監督、2007年、「ヒミコさん」製作委員会)を6回観たって伺ったのですが、同じ作品を何度も観るのですか。


切通:自分が出演していたってこともあるけど、作品自体が面白かったから。藤原監督はドキュメンタリーみたいに物語を撮れる人なんです。カットのつながりは音楽的で、観るたびに新しい発見がある。今度、同じ藤原監督の『ダンプ姉ちゃんとホルモン大王』に出たのですが、『ヒミコさん』と同じ役です。


牛田:田所医師の役ですよね。


切通:そうです。『小説現代』に書いた僕のエロ小説にもこの医者は出しました。


牛田:連続性があるのですか。


切通:自分の中で勝手に出しただけです。監督には後で許可とりました。演じるのって頭の中で考えているようには意外に出来ない。でも監督の言った通りにやると、監督から観た僕っていうのがわかりますね。


牛田:「自分の人生の主人公が自分ではない、ということをある日突然思った」ってブログに書いてあったのですが、その言葉がすごく不思議だったのですよ。いくら父と母が私を愛してくれても父と母の人生は自分たちが主人公だろうなって思ったのですね。どうしてそれをある日突然思ったのでしょうか。


切通:ライター教室でそう思えないって言った方が幾人かいらしたのです。芸能や文筆の世界で活躍している人の間にだけいたら見えにくいことってあるなと、彼らとの交流で思ったのです。自分の人生は自分が主人公に違いないし、そう信じたい、けれども本当のところ主人公は自分ではないと言う人が複数いた。それを聞いたとき、僕も驚いたんです。たとえ自分が嫌な思いをしていても、嫌な思いをしている自分が主人公であることには変わりないじゃないかと思っていたから。でも明らかに人のために時間を費やしているときってあるじゃないですか。そういうことを指していると思います。僕は自分の人生の主役は自分だというのが当然だと思ってきたのですけど、ある時はそうじゃなかったりします。人から見た自分が本当だったり。原稿依頼なんかもそうですね。人からきた依頼っていうのはそういうものかなって思うのですよ。自分から見た自分っていうのしか認めないのだったら、なんでこの依頼が僕なのって思うじゃないですか。でもそれは面白くないかなって。こっちだって他人に対して勝手なイメージを抱くわけじゃないですか。


牛田:ありがとうございました。

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