文筆業 切通理作インタビュー(5)
牛田:切通さんのブログのなかに「自分の存在を投企するために他者にそれを増幅して求め、醜い総括リンチを繰り返す閉塞を自ら作り出したともいえる彼女(永田洋子)にとって、ようやく訪れた、世界と自分が一致した瞬間」という文章がでてくるのですが、これが御著書の情緒だと思いました。
切通:永田洋子の『十六の墓標』(1982年、彩流社)を読んだときにそれは否定できないと思いました。最後の1、2頁です。逮捕される瞬間。あそこは美しい。ただそこを固定化して現実を否認するのは情緒とは逆かもしれないですね。
牛田:情緒について『ALWAYS 三丁目の夕日』(山崎貴監督、2005年、「ALWAYS 三丁目の夕日」製作委員会)でも御著書で言及しておられます。興行的には成功した作品ですが、評論家側からは酷評されたきらいがありますが、切通さんは映画評論家のなかでは珍しく褒めていらっしゃいます。
切通:あの時代は映画で描かれているような良い時代であるわけじゃないって批判をする人が多いですね。でもそれは的を射てないと思うんです。藤子・F・不二雄の『みきおとミキオ』がありますよね。未来のミキオと現在のみきおがどちらもお互いの時代にあこがれと興味を持っている。現代では解決出来ないことが、未来では解決され、反対に未来は現代のアナログ的な世界に郷愁を感じている。あそこに答えがでていると思うのですよ。過去にも犯罪は多かったとか、批判している人もいるのだけど『ALWAYS 三丁目の夕日』のポイントはそこではないんですよ。郷愁それ自体には良いも悪いもないということがあの映画なんです。ただ二作目を見て続編を作るっていうのは難しいって思いました。前作品の良かったところは、モノとかアイテムから見た人間というものを押し出していったところだと思います。二作目は溝口健二とか、過去の日本映画に対するコンプレックスが出ていたように思いました。そこが退屈になってしまう。つまらない批判を意識してしまったのか、人間を描くってことにコンプレックスがでてきたような感じがしました。『情緒論』で引いた橋本治さんの文章に、「窓の論理」があるんですね。『スター・ウォーズ』で元々は部屋の中だけのシーンに、特別編をつくるとき、人間の芝居だけで飽きてしまう人のために「窓」をつけた。その窓から見える外は、宇宙船が行き交っていて、ドラマ見るのがタルい人には窓の外を見ていてくれと。はじめ『ALWAYS 三丁目の夕日』はそういう感じなのかなって思ったのです。僕にはそこが面白かったのですね。続編はそれよりも人間のほうに重点を置いていた。人間を描く「映画」というかたちがことごとく退屈なのですよ。人間ドラマへの向かいかたが、柳田のいう骨董品的です。固定の尺度の人間的ドラマになってしまって。僕とか山崎監督なんかは、映像世代に育っているわけだから、疑似体験のアイテムから見ていくのだということで勝負してよかったのではと思います。国民映画にしようとしてしまったときに、骨董的なもので埋めることになってしまった。むろんそれだけではなく、よかった点も多々ありましたが。
牛田:切通さんは先生、文筆家として批評家・脚本家・小説家とともに俳優もされていますが、他にまだチャレンジしていく仕事はありますか。
切通:やってみたいのはコメンテーターですね。だってテレビ見ていて「自分だったらこう言いたい」っていつも妄想していますから(笑)。ライター以外の仕事は、いろんな人と接したいというのがあります。ライターの仕事だけやっていると狭くなる。編集者やインタビュイーに会うぐらいでしょう? でもたとえばライター教室の受講生たちは僕の文章を読んだこともないようなOLさんや会社員、主婦、公務員、医者、看護士といった人たちですね。そういう人たちに対して、講師の本も読まないのかって嘆く人もいると思うけど、僕は全く逆ですね。僕の本など読んでなければ読んでないほどいい。教室という媒介を通して、関係ない人が出会う面白さ。中には、占い師にこの方角の学校に行けといわれて来たという人がいて、普通あり得ないでしょう? そういう人が一人じゃないんですよ。大学や高校では、若い人と接することができるからいいですね。そういう機会がないと年齢差が離れていくばっかりだから。出来れば中学もやりたい。俳優は藤原章監督の映画に「出ませんか」っていわれて出ただけなので、俳優というより素材として出ているんだと思う。でも映画を内側から完成まで見る機会ってあまりない。もの書きにフィードバックしていくために、他のこともしているってとこはあります。小説という形式で書きたいものってなかったんですけど、エロ小説を書けといわれて『妄想小説イジメ系』(『小説現代』、2008年2月号、講談社)をやったら、他にもいろいろ日常では出来ないHなアイデアが生まれてきて、またやってみたいと思ってしまいました。
- 文化会議
- 2008年04月25日
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