文筆業 切通理作インタビュー(2)
牛田:一番いいたいところが最後にくる。お楽しみが最後だと、分厚い本は不利ですね。
切通:『宮崎駿の〈世界〉』を出した時、明らかに前半しか読んでないと思われる人から、「評論になってない」って言われましたね。最後まで読んでくれよって思いました。『山田洋次の〈世界〉』の時はそれを意識して書きました。そうしたら今度は前ほど売れない。結局当てにならない書評なんです(笑)。タイトルに「寅さん」を出したらもっと売れたかもしれませんね。寅さんの「生まれも育ちも葛飾柴又~」っていうような名調子な語りを二行以上引用しないというルールは決めました。既成の寅さん論、山田洋次論はみんなそれをやってしまって、寅さんの語りのリズムに地の分が埋没しちゃうんですよ。そこには寄りかかりたくなかった。
牛田:『山田洋次の〈世界〉』を読むと山田監督の寅さんシリーズ以外の作品に重点を置いていますよね。
切通:寅さんはあたりさわりのない大衆娯楽と思われているけれども、山田洋次の人間の運命に対する認識は非常に過酷なところがある。最新作の『母べえ』でも思ったのですが、悔いを残したまま死んでいかざるを得ないという人物の突き放し方。過去をノスタルジックに振り返って癒そうなんていうのと全然ちがう、山田洋次の刃を見ましたね。
牛田:『山田洋次の〈世界〉』は執筆にどのくらいの時間がかかったのですか。
切通:半年ぐらいですね。80本近い作品を見返さないといけないから。それで時間がかかりましたね。山田洋次監督は松竹の監督だから、大谷図書館にシナリオの初稿、準備稿、決定稿が保存してあるんです。それが非常に役に立ちました。一本の映画でもいろいろな変遷があって。山田監督はシナリオにも必ず参加しているから、どういうふうに変わってきているかがわかるのです。原作がある場合はその小説を読んだりします。完成された映画もビデオで観てすぐに大谷図書館に駆け込むと作品のプロセスがわかって面白かった。山田さんが助監督時代に同人誌に書いた脚本なんかも発見しましたね。それはいままで誰も言及していなかった資料でした。
牛田:大谷図書館には、映画よりも芝居を調べに行く方が多いですよね。
切通:そうですね。だいぶお年をめした方が歌舞伎のことを調べに来てますね。でも演劇だけでなく、映画研究にも使える図書館です。他の映画会社では、大谷図書館のようなものは聞きませんから松竹の姿勢はいいですね。例えば、森崎東さんが監督した『男はつらいよ フーテンの寅』(1970年)の時には、森崎監督サイドで脚本家に書かせたものがあるのですよ。それも大谷図書館にあってね。後で山田洋次の脚本に差し替わるのですが、一つの作品で両方の脚本があります。このもうひとつの脚本の具体的な内容についてもいままでどの資料にも出てきませんでした。せっかく大谷図書館があるのに、映画書を書く人は意外に行ってないんですね。松竹ヌーベルヴァーグの大島渚監督の習作時代の脚本も読めます。若い編集者らしき人がよくテレビガイドのバックナンバーで昔の放映データを調べに来ていましたが、それだけに使うのはもったいない場所です。
牛田:『宮崎駿の〈世界〉』は執筆にどのくらいかかったのですか。
切通:そんなにかかっていませんよ。せいぜい半年ぐらいかな。ただなかなかやるというふんぎりがつかなかった。それまで昭和のウルトラマンシリーズの脚本家たちのことを書いた『怪獣使いと少年』(宝島社、1993年)という本を書いたことがあるのですが、脚本家はストーリーやセリフを直接書く人だからわかりやすい部分があるけれど、監督という仕事がなかなかつかみにくかったんですね。ただその前に『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ、2000年)という本で、原田昌樹さんや村石宏實さんといった現役のウルトラマンシリーズの監督さんたちに、すでに出来上がった脚本からどう演出の個性を出すかをロングインタビューして非常に勉強になったんです。同じ話でもどの部分が膨らむのか。宮崎駿はストーリーから自分で作っていますが、絶対に陥りたくなかったのは、テーマ論だけで書くことでした。宮崎駿が左翼だとかエコロジストだとユートピア論者だとか、そういうことが宮崎駿を語ることだと思っている著者の本には食傷していましたから。その部分も語るにしても、まずは宮崎駿が絵を動かす人であるというところから出発しなければ、対象がアニメである必要はない、政治論文でも読めばいいということになってしまう。
- 文化会議
- 2008年04月25日
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