文筆業 切通理作インタビュー(1)
今回は2002年度サントリー学芸賞を受賞した、評論家、脚本家、官能小説家、そしてついに俳優デビューまで果たした切通理作さんにインタビューさせていただきました。実は切通さんが主催しているネットラジオ、「切宮~キリミヤ・シネマラジオ」に誘っていただき、お話させていただきました。まさにクロス・ネット・インタビューとなります。
牛田:映画について論じている『宮崎駿の〈世界〉』(ちくま新書、2001年)『山田洋次の〈世界〉』(ちくま新書、2004年)、そして近著『情緒論―セカイをそのまま見るということ』(春秋社、2007 年)を中心にお話を伺いたいと思います。『宮崎駿の〈世界〉』は334頁、頁によっては二段組み、字が小さいと新書にしてはかなり厚みのある御著書です。宮崎駿の作品について新書であるにもかかわらず、この厚みになったのはなぜですか。
切通:あれはひな形となる短い文章があって、新書の分量に膨らませていったのですが、気がついたらもっと多くなってしまったのです。ワードパッドしか入ってないパソコンを使って大雑把な見当でやっていたせいもあります。作業の末期に筑摩書房の担当者がパソコンにワードを入れてくれたので、その後は文字数が計算できるようになりました。
牛田:そもそもなぜ宮崎駿なのでしょうか。
切通:僕はもともとアニメより特撮が好きなのですが、アニメの中でも虚構と現実の両方を行き来できる臨場感を持つ作品というと、やはり宮崎さんのかかわった作品だと思っていました。宮崎駿論で単行本を出さないかという話はいくつかの出版社であったんですが、なかなか手が出せずにいました。そうこうしているうちに『ポップ・カルチャー・クリティーク』(青弓社)の宮崎駿特集で小論を書かないかという話がきたんです。いい機会だなとも思ったのですが、連絡の行き違いもあってイキナリ明日締め切りという電話が来たんです。そのままやらなくても責められない状況だったのですが、この際と思って一晩で書きました。原稿用紙400字を30枚程度。宮崎作品から感じたプリミッテヴなものだけ先に出しておけばいいと思ったのです。それにディテールをアップしていく。もともと30枚の原稿だからどんなにのばしても200枚ぐらいにしかならないと思ったんですね。むしろ最初は足りるかなという不安すらあった。そうしたら予想の枚数を大幅に超えてしまった。
牛田:映画について書くときには、引用する場面を文字でおこさないとわからないって問題があります。『宮崎駿の〈世界〉』は作品論や作家論を書く人にはもってこいのひな形になっていると思います。
切通:ただ、この後に書いた『山田洋次の〈世界〉』では書き方を変えました。最初から総論にしたのです。『宮崎駿の〈世界〉』はまずは一般的に知られている『風の谷のナウシカ』以降の作品を一個一個想い出してもらってから、それ以前の、アニメファンに支持された『カリオストロの城』とか『未来少年コナン』の面白さを伝えて、さらにそれ以前のテレビのアニメ作品や、スタッフとして参加している作品にも突っ込んで、最後にそれらをシャッフルして宮崎駿論を書こうと思いました。そうしたらあの本の書評で、どうも前半の作品論だけ読んだと思われる人が、作家論になってないと書いているんです。それで『山田洋次の〈世界〉』のときにはそういうことがおこらないような書き方をしました。現実的に山田洋次作品は80本以上ありますから、宮崎駿と同じようなやり方ではもともと無理でもあったんですが。
牛田:批評の域を超え、論文です、それも新書で安価で手に入る。映画やドラマの作品や作家について論文を書くには『宮崎駿の〈世界〉』はもってこいのお手本になると思います。
切通:たしかに『宮崎駿の〈世界〉』は論文というかたちでもあるかもしれませんね。『山田洋次の〈世界〉』は評論文というかたちです。両方とも作家論ではありますが、『宮崎駿の〈世界〉』は、宮崎駿の作品を二本ぐらいしか見ていない人から対象にしました。さすがに一本も見てなくてこの本を買う人はいないだろうから。テレビで『風の谷のナウシカ』や『となりのトトロ』を見て、なんか面白いなと思ったっていうぐらいの読者から読めるようにしたんです。だから最初はメジャーな作品から書きました。それで本の前半では過去の作品の話題は出さないことに徹したんです。ナウシカのことを書いているときは、ナウシカのことだけ。ただページが進むにつれ、もう話題に出てきた作品に関してはフィードバックしてもいいというルールを決めたんですね。それで最終段階の総論になったところで、全部をクロスオーヴァーさせるというかたちをとりました。だから最後の総論は本当に書いていて気持ちよかったです。どこから例を出してきてもいいんで。
- 文化会議
- 2008年04月25日
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