デジタルメディア・プロデューサー 水口哲也 (7)
デジタルメディアと創造性
―「元気ロケッツを作った時にyoutubeをお使いになったじゃないですか。あの時は著作権のこととかお考えになったりしませんでした?」
水口「しないですよ。だって別にメジャーと契約しているわけじゃないし」
―「とりあえず世界に発信することが重要だったと」
水口「そう。ある人の助言でね。どうせインディーズっていうかマルチシーン?も全部報道しているんだから、youtubeに乗っけて、世界中からどんな反応が返ってくるのか見てみればいいじゃんっていう助言をもらった。でもいきなりyoutube じゃなくて、僕のアメリカ人の友達のジャーナリストが、これを俺のサイトで紹介させてくれって。で彼のサイトで紹介したら、ブログに人がブアーっと集まって、なんだこれなんだこれなんだこれってなって。でそのサイトがパンクしちゃったんですよ。でその前にそれをコピーをしてたヤツがそれをyoutubeに乗っけて、サーバーがダウンして見れなくなった人たちがyoutubeに流れた。でもそのクオリティがあまりにも悪かったので、じゃあここまで来たら自分たちでyoutubeに綺麗なクオリティで載せようってなった。それを見て来た人たちがいっぱいいた。ライブアースの人たちもそうだし」
―「ライブアースの映像もyoutube に載ってますからね。僕はある格闘家の映像を観ていたらたまたま元気ロケットの映像を発見して、それが水口先生のプロデュースだったっていう。映像を観ていると不思議な感覚もするし。アニメーションっぽいプロモーションでもあるし」
水口「一番最初に観た時のことを今でもハッキリ覚えているんだけど、アーハのテイク・オン・ミーってやつ。当時ピーターガブリエルのスレッジハンマーだとか、マドンナもある意味MTV から生まれてきたようなものだし、やっぱりあそこに出てきた新しい表現は今でもはっきり覚えてるんですよね。凄いなーって。音楽と映像が一緒になって3分間、4分間楽しめるっていう感覚が。だからいつか自分にそういうチャンスが来た場合はね、カンディンスキー、Rezの流れを音と映像が一体となった共鳴感覚的な映像にしたいなと思ってますし。例えばアーハのテイク・オン・ミー。あれは白黒じゃないですか。音楽に合わせてカンディンズキーの絵みたいにリコライズしてみようって時にどんな表現になるだろうっていう思いがあって、それをじゃあ一回やってみようと。Rezでそれをやって、さらにそれを押し進めたのがブリーズっていうもの、さらに押し進めたのがライブハウスのホログラム」
―「ホログラムにするっていうのはご自分の中で何かあったんですか」
水口「最初ちょうどライブハウスでステージをやってくださいって話になって、じゃあそのライブをどう実現させようかっていう時に、その話には高城さんも乗ってくれているんだけど。フランス人の友達が、僕の知り合いで面白いものをやっている奴がいると。で紹介してくれて。東京に住んでる人なんだけど。それが実はホログラムのシステムプログラマーだったんですよ。本当のホログラムっていうのは、カンソウシキみたいなものを作って小さいイメージがあると思うんだけど、今回ここで使ってるのはコーティングされた特殊なフィルムをステージの上に気付かれないように貼って、LEZのファクターを上向きに貼ると光だけを綺麗に反射させるものが出来るんですよね。そこにあたかも、3Dの物があるように見える。擬似ホログラムですよね」
―「世界で三台くらいしかないという話を聞きましたけど」
水口「いや、そんなことはないですよ。今でも実用例はそんなに多くないっていうだけの話で。比較的みんなが知ってる中で言うと、ゴリラーズっていうね、バンドなんですけど実在しない。それがMTVアワードでマドンナと共演したっていうのがあって、それが一つと、あとはバージンミュージックの会長が、発表会でホログラムのスピーチをやったりと。だからそんなに例としては多くなかったんだけど、まあやってみようよって。スッと決まりましたよ。大変でしたけどね」
―「その後ライズのプロデュースもされたみたいで結構大変だったみたいですね」
水口「そうですね。結局元気ロケッツのプロデュースだけじゃなくて、アル・ゴアさんをホログラムで出してその次のショーに繋げていくっていう話になって。ただアル・ゴアさんを撮りに行くとは思っていなかったですね。ライブアースの一ヶ月まえに、どうせホログラムを幕張メッセでやるなら、確実にこれはネットで中継されるわけじゃないですか。アル・ゴアさんは最終的に二十億人に見せるって言ってたけど、少なく見積もっても一億、二億の人は見たと思うんですよ。東京会場のオープニングの元気ロケッツって一体何者だっていう。それで終わるのではなくて、どうせだったら元気ロケッツがアル・ゴアさんを紹介して、アル・ゴアさんのホログラムがバーンと出てきて世界中になんじゃこりゃ〜っていうものをね。ビックリするってことはみんなアテンションするから、そこでアル・ゴアさんが重要なメッセージを言えば当然みんな耳を傾けてくれるわけじゃないですか。それをやりませんかっていう。簡単にそれが通ってしまった。でもうアル・ゴアさんが空いている時間がライブアースの一週間前しかなかったんですよ。ライブアースの一週間前にニューヨークに飛んで、むこうのNHKの方々にも協力してもらったのですけど、エージェンシースタジオをラインバックのスタジオに仕立てて、そこでゴアさんを十五分間撮影させてもらったんです。その撮影が終わったらすぐにファイナルカットっていうマックのソフトで飛行機の中で編集して東京に行ったらすぐにインフェルノっていう機械でCGと合成して、何とか間に合ったんです」
- 2008年03月04日

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