新聞記者・芥川喜好に聞く―激動の時代を生きて―(4)
―今のお話からすると最初から新聞社に入りたいという感じではなかったようですが、どうして読売新聞に就職しようと思われたのでしょう?
芥川 銀座をブラブラしている時に、読売新聞で定期採用者募集中と書いてあって。願書を配布していたのです。聞くと学校推薦も要らないというので、もらって帰えりました。それで、願書を出したというそれだけの話で。志もなにもなかったですね(笑)

―では、タイミングが合ったという感じですか?
芥川 そうだね。きっと、タイミングが合ったのでしょうね。世の中半分以上はタイミングですよ(笑)何のバックもなくて、コネクションもなくて合格できましたから。
―では読売新聞の試験はきちんと最後まで受けられたのでしょうか?
芥川 読売だけはなぜか最後まで試験を受けました。途中で嫌にならなかった。出来が良かったとは思わないけれど、最初から受けていて気持ちが良かったのでしょうね。
―そうなんですか。新聞社に入りたい人って「新聞社に入りたい!」というガツっとしたイメージがあるのですが。
芥川 それはその通りですね。私の友人にも新聞社に入りたくて、志を持っていたけど落ちた人もいました。私が受かる理由は一つも見当たりませんよ。それなのに受かった。これが新聞社の懐の大きいところです。読売の最後の面接試験というのは、会社の副社長クラスの人が出てきて直に面接します。それで、いろいろな質問された後にその副社長さんに『じゃあ君はどこの部を志望する?』と聞かれまして。その副社長さんは有名なジャーナリストだったのですが、私はなぜか「文化部を志望します」と言ったのです。そうしたらその副社長さんに「そんなことじゃ駄目だ!」って一喝されました。『言ってみりゃ文化部なんてのは成れの果てだよな』なんて言われたりして(笑)。そうしたら脇にいた小柄でにこにこしている論説委員さんが『うん、でも君みたいな気がいいのがいてもいいよね』って助け船を出してくれたのです。その言葉は今でもはっきり覚えている。要するに、新聞は多様なものだから、そういう人間も取っておいた方がいいと、そう思われたんじゃないかな。
- 2008年02月21日

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