発明家・ドクター中松 インタビュー~天才の軌跡~(4)
「僕の人生で一番怖かったことは母の死です」

---先生のお母様の話をぜひお聞きしたいのですが。
中松 僕の母親っていうのは戦前の女性の東大と言われていた大学を主席で卒業した人で、非常に教育熱心でした。でも僕は一度も母親に勉強しろなんていわれたことはありませんでしたが。
---そのお母様のためにつくった発明品もあると聞きましたが・・・
中松 ありますね。灯油ポンプは、もともとは母親が台所で醤油を醤油さしに入れ替えるのに苦労していたのを見て思いついたものです。つまり、僕の発明の心は愛の心なんです。愛って言うのは親孝行の愛ね。
それは他の発明家と違うところなんだと感じています。他の発明家というのは、お金儲けをしようと思って発明するでしょ?ぼくは世の中の人を喜ばせようとして発明していますからね
---先生は先ほどからハキハキと答えに迷ったりせずお話しなさっていますが、とまどってしまうようなこと、例えば苦手なものや怖いものはないのですか?
中松 僕は苦手なものはないですね。強いて言うなら僕の人生で一番怖かったことは母の死です。
---自分が死ぬことはこわくないんですか?
中松 だってまだ中年ですから。(笑)選挙だって140歳まであと16回出馬できますからね
---あと16回出馬できると思える気持ちってすごいと思います。
中松 根性と知識と経験が重要ですね。政治家になるのには理系のことも文系のこともどちらも勉強してなきゃダメだと僕は思いますよ。誰かに言われるんじゃなくて自分から学んでいかなきゃいけない。それをもってして何かが生まれるのですから。
僕がよく言う言葉に選難楽というのがあります。何かに迷ったときは楽なほうではなく、難しい方を選び楽しみながらその問題を突破していくという意味です。その問題に真正面からぶつかって突破していくことが大事なのです。
---大変ためになるお話ありがとうございました

- 2008年01月08日

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