王様に聞く 王様の作り方(7)

「嫌でも期待しちゃうでしょう」
――これで、日本語ロック、『王様』、と現在に繋がる全てが揃い、あとはデビューを残すのみとなったわけですが、それはどのような経緯で決まったのですか。
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番組が放送されている間、徐々に『王様』というキャラクターの認知度も上がっていったんだ。
そんなときに、昔、勤めていたPという会社、まあ池袋のパルコなんだけどね(笑)。そこでライブをやらないかと誘われたんだ、それから、ちょこちょこライブをしていくことになるんだけどね。
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番組に出ているということもあって、道を歩いている人たちが結構、立ち止まってくれるわけ。それなら皆が知らない曲をやるよりも、皆が知っている曲をやった方が喜んで貰えるだろうと思って、その時、初めてビートルズの曲を直訳して歌うことにしたんだ。
それから、先輩との飲み会や、カラオケなんかでも直訳ロックをやるようになって……三十五歳の時、日本青年館という少し大きなところであるシンガーソングライターのライブをやった後、打ち上げがあったんだ。
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その時、たくさんの音楽プロデューサーがいる前で余興の一つとして、直訳ロックをやったんだ。そうしたら、その中にいたプロデューサーの一人が、「ディープパープルを日本語にするのが面白い」って言ってくれたんだ。あと、デモテープを持って来いって言ってくれて、デビューが決まったんだ。

でも、いざCDを出すぞという段階になってもなかなか発売の許可が下りなかったんだ。本当なら四月に発売する予定だったんだけど、五ヶ月も遅れて、ようやく出せたのは九月になってからだった。この時ばかりは本当にどうなるんだろうと不安だった
そして、許可が下りて、さあ発売だとなった時に、発売前にラジオで流してもらえることになったんだ。放送後、ラジオ局の人が微妙な顔で僕に話しかけてくるんだよね。
「実は放送終了後、三本の電話がラジオ局の方に入ったんです。一本は、ディープパープルを馬鹿にしないで下さいというものでした。二本目も同じようにクレームだったんです。ただ、最後の一本が、このCDはいつ発売されるんですかという問い合わせだったんですよ。これは、ひょっとしたらひょっとしますよ」なんて言ってくるわけ。
もう、そんなこと言われたら嫌でも期待しちゃうでしょう。そして発売されて、すぐに結果がでるわけ。その結果というのがCDの生産が追いつきませんというものだったんだ。
それを聞いたときは本当に嬉しかった。
- 2007年11月27日
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