写真評論家・飯沢耕太郎(7)

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故郷は、本を書いている場所


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――「情」というのは、案外、日本のすべての組織の根底ですね。


飯沢 僕の場合、この「情」に、完全には巻き込まれたくないという気分が、学生時代からあったのかもしれない。この前、立教大学でレクチャーしたとき、講師紹介で「彼の本質は旅人です」と言われ、妙に納得してしまったんだけれどね。旅に出ないと、もたないところもあって・・・


 旅と人生の違いとしては、旅とは、また戻ってくる場所があるということ。それと、その日泊まる場所をあらかじめ決めていないことが前提ですね。そうじゃないと、ただの旅行になってしまう。何十年も旅している人に、たまに出会うけれど、見ていて悲しくなってくる。彼らは、「いかに効率よく移動するか」ということしか考えていないんだよね。


 日芸も、僕にとっては、旅のなかのひとつの滞在地に過ぎないのかもしれません。じゃあ、故郷はどこなのかと言われると、自分にも分からない。強いて言えば、自分の家になるのかな。故郷という意味においては、本を書いている場所というのが、その人にとっての故郷なのかも。


 僕の場合、うちの食卓で書いているんです。周囲が適当にざわついていた方が書けるよね。それから、本の資料は、山の中から探さなければ駄目。これは持論なんだけれど、乱雑に散らかった資料を探している間に、刺激がくる。下手に部屋を掃除しちゃ、駄目(笑)。

 
―― それでは最後に、質問を・・・・ 今の先生にとって、一番怖いものはなんですか。


飯沢 生きていて、強迫神経めいた、ある種の不安感はあるよね。やはり、手や頭が使えなくなることへの不安が、恐いかな。なにかをやっていることで、存在の不安を紛らわせているということはあるけれど、存在することへの、よるべなさ、頼りなさがいつもあるよね。旅に出たりするのも、それが根底にあるからなのかもしれない。


―― では、楽しいことは?


飯沢 人に褒められて楽しいというよりも、自分がなにかをやっていることへの楽しさがあります。夜中に自分の書いた文章を読んでいて、あまりにもうまく書けているから、踊りだしたりしてね(笑)。


 ものを書いている人間って、みんなある種のうぬぼれ感があるよね。自分のなかでの盛り上がり。それが楽しいよね。一番最初に本を出したとき、誰かが僕の本を買っている現場を見たときは、本当に、嬉しかったな。


―― 飯沢先生、今日は本当にどうもありがとうございました。


インタビュアー 山下聖美
テープ起こし 栗原隆弘
編集 山下聖美

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