写真評論家・飯沢耕太郎(6)

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天才・アラーキーについて


―― 話はキノコから変わりますが、飯沢先生が荒木経惟さんの写真評論を出されたころは、彼の写真集はそれほど出ていなかったけれど、今は、三〇〇冊以上はありますね。


飯沢 彼の作品を論じる場合、必ずしもその写真集三五七冊を全部読まなくてもいいと思いますね。一枚の写真からでも、充分に語ることはできます。


 彼は、僕の百倍はせっかちで、なにかをやっていないと落ち着かないタイプなのかもしれない。


彼は、天才として生まれたわけではなく、自分で言いはじめた「天才」で、まさに「天才」になった、なりきった人間です。彼には色々教えてもらって、それで、だんだん写真のことが分かってきた。荒木さんがやってきたこと、やろうとすることというのは、ほぼすべて、写真の中で一番面白いことのひとつだと思うね。


――文学の場合、死んでしまった作家については書いてもいいけれど、生きている人間について書くと、差し障りが出てくる場合があります。アラーキーと交渉をもって、すでに友人関係が成り立っているときに、「ここまで書いていいのか」と悩むことはありますか。


飯沢 ありますよ。僕は荒木さんに関しては、他の人とは少し違うというふうに考えているところがあります。正直言って、彼の悪口は書きたくない。特別なところに置いておきたい。仕事の上で、見ていてそんなに面白くない部分もないわけではないんだけれど、そのことを取り立ててネガティブに書きたいとは思いませんね。


―― 写真論と写真家論ってあるじゃないですか。作家論と作品論。荒木さんについて、そこのところはどう思いますか。


飯沢 彼の場合、実人生から切り離したかたちでの写真論があるべきだと思います。僕の仕事ではないけれど、誰かがやるべきだと思う。例えば、荒木さん自身の姿を撮った写真であっても、カメラは彼のものだから、彼の写真になってしまう。たまに僕に撮らせたりするんだけれど(笑)。そういう構造を、まず作ってしまっているんです。荒木ではなく、「アラーキー」という記号なわけだから、どんなモラルも踏み越えてゆくんです。


 アラーキーというブランドは、八〇年代から、ウォーホール的になってきてますね。いわば荒木ファクトリー。ファクトリーじゃないと、あんなに生産できないよね。


 アラーキーという記号が動いていくなかで生産されていく形そのものが面白くて、そのことと、彼の奥さんが亡くなったという実人生との間に、境目がない。その境目のなさが、また面白い構造になっていて。ウォーホールの場合、彼本人の実像や肉体性はあまり出てこないけれど、荒木さんの場合、それも出てくる。非常に日本的なファクトリーですよね。


 だから、周りにいる僕らも含めて、彼との繋がりは「情」なんだよね。論理ではなくて。僕自身はあまり、義理と人情の世界に巻き込まれたくないというのがあるんだけれど(笑)。

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