編者者・新井信 編集人生学(4)

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群ようことの出会い

山下 そこで、群ようこさんも見出したんですね。当時まだOLだった群さんに書き下ろしの単行本『別人「群ようこ」ができるまで』の話を持っていったのは新井先生だと聞きました。あの本では新井先生の名前は発行人のところに出ていますが、もその頃はもう経営陣の方にいらっしゃったんですか?

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新井 僕は出版局長のころでも、「ゲラ中毒」と言われながら(笑)現場で本を作っていたんです。当時、群さんは勤務先の『本の雑誌』に見開きコラムを「木原ひろみ」の本名で書いていました。毎月、注目していたので、すでに他社から話があるのかなあと思いながら、新宿の事務所まで会いに行ったんですよ。地下にゲイバーがあるような盛り場の小さなビルでした。どこもまだ話がないというんで、それではと書き下ろしを勧めたんです。出来上がるまで1年以上かかったかなあ。そうこうしている間に、文春が声を掛けるなら、『本の雑誌社』のほうでも連載をまとめて本に、ってことになったらしいんですね。それで『午前零時の玄米パン』が先に出てしまったわけです。もっとも、その出版記念会では私も挨拶させられましたけど。
 『別人「群ようこ」ができるまで』に関しては、最初、なかなかいいタイトルが思いつかなかったんですよ。彼女の場合、日芸を出て、職を転々としながらも編集者になりたいという想いがあって、その辺のエピソードがとても面白おかしく書かれています。だから『編集者になれなかった女』とか、彼女がムっとするようなタイトルを考えてもいたんです(笑)。最終的には『別人「群ようこ」ができるまで』というタイトルは、ご本人が考えました。「群ようこ」を知らない人からすれば、受けが悪いタイトルですよね。当時はまだ、いってみれば無名だったんですから。結局、本が売れたのは、内容が面白かったからでしょうね。第1作だし、溜めていたものを一気に吐き出す迫力がありましたね。

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