編集者・新井信(12) 【最終回】
編集は人間対人間の仕事
山下 先生のお話を聞いていると、編集者として必要なことは、人間として必要なことそのもののような気がします。編集人生学とでもいうんでしょうか。
そういえば、先生自身はなぜ編集者になったのですか? 先生の人生、というか生い立ちを聞かせててください。

新井 恥ずかしながら、高校時代は文学少年だったんです。同人雑誌をやっていたのも事実だし。大学は早稲田の商学部です。文学部に行きたかったんだけれど、就職できる学部しか授業料を出さないぞと親に反対されてしまって。大学でもサークルで雑誌を出してました。皮肉なもんですね、幸いに大隈奨学金が貰えて4年間授業料免除になっちゃった。
そのころは日本の景気が上向きで、就職率のいい年だったんですが、一般企業は8月9月で決まり、マスコミだけは試験が10月なんです。待つ勇気が必要でした。出版社なんて怠け者が行くところだって親父に言われまして、散々嘆かれましたよ。法事のときなんて、親戚中からブーイングです。商学部で出版社なんて、よほど成績悪かったんですねって言われた、っていうんですよ。そういう環境だったんです。
山下 そうして文藝春秋に入社し、編集者として活躍後、今度は会社の経営陣のほうに行くんですよね。経営者としてどのようなことをされていたのですか?
新井 僕は、もめごとが起こる前に、それを鎮火させたり、編集経費に目を光らせる係。だから毎日社内を巡回して、いろいろな部署に行き、とくに女性社員たちの話を聞きました。すすめられるお菓子を全部食べて回ったんです。でもさすがに秘書からにこれじゃ糖尿病になってしまうと忠告されてやめました(笑)。いやいや、実際は雑誌と書籍の編集活動の管理監督です。雑誌の目次を事前に目を通したりね。とくに週刊誌は予定目次を見て、問題が生じないかチェックしたり、訴訟をはじめとするトラブルが起こったときには、中心となって対応にあたる、とかね。
山下 群さんがおっしゃってましたけれど、先生が文春を定年退職するときに、女性社員がズラーッと見送りに来たそうですね。組織で女性陣の心をつかむことは一番重要な気がします。
では最後の質問です。一人の編集者として、そして出版社の経営陣として、出版文化を担ってきた先生にとって、編集者の個と公という問題をどのように考えていらっしゃるのか、お聞きしたいです。
新井 難しい質問ですね。最終的には、企業の一社員として仕事をしているというよりも、自分のやっている仕事が面白いと思って取り組んでいないと、長持ちしないと思います。だから、お前が本当にやりたいものをやって、結果として社の財産になればいい、って若い人に言っています。会社を辞めるときに、俺はこういう仕事をしてきたんだという達成感の持てる人間になれ、って。自分自身の仕事の評価を高めて、他からも声がかかるくらいの編集者になってもらいたい。野球の選手や、大学の先生も同じだと思いますけれどね。でも、これだけの編集者がいるのに、センスのある人間は意外に限られている。ひと月に何冊も本を出す者もいるし、怠け者で1冊も出さない奴もいる。給料だけ貰って満足している奴もいる。最近ではファックスやメールで著者とやりとりして、直接に顔を遭わせることが少なくなっていますが、編集者は人間対人間の仕事です。お互いに面と向って話をすることによってプランも生まれてくるんです。つまり、お互いのコミュニケーションこそ作品の源です。信頼と理解こそ基本だと思います。
会社に対しての忠誠というより、この著者、この仕事に対してホレこんで、情熱を持ってやっていくことが重要なんではないでしょうか。何となく出版社は恰好いい、給料が良さそうだという動機ではなく、ほんとうに雑誌の編集が好き、ほんとうに本を創るのが好きという、好奇心旺盛で人間好きな、愚直な人たちこそ編集者にふさわしいかも知れませんね。
山下 新井先生、今日はどうもありがとうございました。
- 2007年02月20日
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