日本近代文学研究家・平岡敏夫 「坊っちゃん」誕生100年記念インタビュー(6)

平岡

「やせ我慢」はどこへ行った?

山下 ところで、坊っちゃんのようなキャラクター、つまり、世間知らずで無鉄砲で、何かに庇護されていて、というようなキャラクターですが、こういう人というのは現代にもよくいますよね。日本で脈々と引き継がれているキャラクターのような気がします。最近ですと「ホリエモン」が出てきたときも坊っちゃんだと思いましたし、もしかしたら、そもそも日本という国そのものが、アメリカの庇護のもとで坊っちゃんであり続けているのではないかとも考えました。
 平岡先生は坊っちゃんのキャラクターを「やせ我慢」という特徴の系譜でとらえていますね。
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平岡 そう、やせ我慢、そして負けず嫌いというのが坊っちゃんの特徴だと思います。

山下 負けず嫌い、というのが面白いです。勝とう、ではなく、負けてなるものかというのが。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」も、勝つではなく、負けない、ですからね。

平岡 負けじ魂というのは、圧迫された人、下積みの人、陰の人が、それにへこたれて奴隷根性になり、屈従し、おもねていき、権力にすりよる、そういうことができないことなんですね。これは日本人だけじゃないと思うんですけれど、とくに、佐幕派というかたちであらわれていると思います。
 結局、日本という小さな国がやせ我慢の精神を捨てたら、大国にすり寄っていって、大国の子分になり、属国になってしまうでしょう。どんなにすり寄った方が楽でも、やせ我慢しないといけない。現在の日本を見ると、とくに小泉内閣は著しかったけれど、やせ我慢がない。すべてアメリカに追従して、イラク派遣でも無傷で終わって、防衛省に格上げした時に脇役の任務だった海外派遣を本務にもってくるということをセットにしているわけですね。
 坊っちゃんはやせ我慢なんです。赤シャツに給料を上げてくれると言われて、ありがとうございます、と言えばいいものをそれをしない。山嵐と共に卵をぶつけて帰ってくるわけです。たわいないと言えばたわいない。福沢諭吉がやせ我慢の心理を「我が日本国民に固有するやせ我慢の大主義」と言っていますが、『坊っちゃん』もそれを貫いているというのが私の説なんです。

山下 今はやせ我慢をしている男性はあまり見ないような気が・・(笑) そういう時代なんでしょうか。

平岡 日本の国の有り様もやせ我慢ではないし、人間のあり方もやせ我慢ではない。飽食でしたい放題ですね。「痩我慢の説」で勝海舟、榎本武揚を名指しで非難した福沢諭吉は慶応義塾を起こして、決して明治政府には付かなかった。私も、人生、やせ我慢したつもりでいるけれども、現代に生きているわけだから、それだけでは生きられない(笑)

山下 やせ我慢はプライドですかね?

平岡 そうですね。それから、坊っちゃんは負けず嫌いというか、何くそ、負けるもんか、とこればっかりでしょ。これは一種の比喩として読めますね。山嵐、赤シャツは権力者で明治藩閥政府と考えることもできるし、それに抵抗しているのが、会津っ子、山嵐や坊っちゃん、それから清もそうですね。
 清は由緒ある家の出身だけれども、幕府が倒れたから婆やをやっている。今年坊っちゃん100年で『季刊 子規博だより』から出た特集のなかで、高橋源一郎さんが「坊っちゃんがいる」という文章を書いてます。高橋さんのおばさんが自分を子どものように可愛がってくれたという思い出を書きながら、結局無償の愛というのは、清とか、高橋さんのおばさんがくれた、見返りを求めない、もともとなんの関わりも持たないものに対して捧げる愛情だと言ってます。人はそんな愛情を捧げられて「坊っちゃん」になる。考えてみると太宰治の『津軽』も『坊っちゃん』ですね。
 橋本治さんの「坊っちゃんの兄貴」という文章も面白くてね、『坊っちゃん』は国民的文学になって兄貴のことはきれいさっぱり忘れ去られてしまったが、このお兄さんはその後、サラリーマン日本人の元祖みたいな人だ、と兄貴に着目しています。
 後にこうして関連の本や雑誌が多く出るほど「坊っちゃん」は非常に豊かな作品だということですね。

山下 豊かな作品だからこそ、100年も生き残ってきたんですね。現代の文学で、100年後まで生き残る作品がどのくらいあるのかわかりませんが、私の中には、100年後に残したいという作家がいます。研究の力で、作品に永い命を与えていきたい、そういう意気込みで、それこそ「なにくそ、負けるものか」の気持ちで(笑)、がんばりたいと思います。平岡先生、今日はどうもありがとうございました。

インタビュアー/山下聖美
テープ起こし/大日方芙美
構成・編集/山下聖美、大日方芙美

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