映画書籍編集者 高崎俊夫インタビュー(6)
(牛田)高崎さんが編集された本について伺いたいのですが、誰が『映像の発見(2005年、清流出版、初版1963年、三一書房)』復刊を考えたんですか。
(高崎)もちろん僕です。先ほど蓮實さんのカリスマ性の話をしましたが、1960年代には、松本俊夫さんが、まさに映画を志す若者にとってはカリスマ的な存在でした。去年、黒木和雄監督にインタビューをした際に、『映像の発見』を復刻すると話したら、「あの本と『勝手にしやがれ(1959年、ジャン・リュック・ゴダール)』は僕のバイブルでした」とおっしゃっていました。
(高崎)黒木さんは松本さんよりも二つ年上なのですが、当時、岩波映画でドキュメンタリーを撮っていた黒木さんのような作り手にも圧倒的な影響を与えた本だったわけです。

『映像の発見』が古典であることは、僕ぐらいの世代までは常識でしたが、蓮實さんの批評によって映画に目覚めた若い世代は、そういった歴史意識が欠落しているんですね。どちらが優れているというようなことではなく、戦後の映画批評の変遷や歴史を知らなければ、蓮實さんのような批評が出現する背景もわからないはずなんです。幸い、清流出版の社長、加登屋陽一氏が松本さんの愛読者でもあったので、スムーズに企画を実現することができました。お蔭様で好評なので、松本さんの第二評論集『表現の世界(1967年、三一書房)』も復刻することが決まりました。
(牛田)『中条省平の秘かな愉しみ(2003年、清流出版)』は、誰が言い始めたのですか。
(高崎)最初に企画したのは加登屋社長ですね。僕はその前に、中条さんと面識があったし、同世代なので、映画、ジャズ、ミステリー、マンガ、文学と関心領域が広い中条さんの嗜好はよく理解できました。そこで、70年代に一世を風靡したサブカルチュア・エッセイの大家・植草甚一さんの『ワンダー植草・甚一ランド(1971年、晶文社)』を意識して、一種のバラエティ・ブックのスタイルでつくったのがあの本です。中条さんとは、その後、『中条省平は二度死ぬ!(2004年、清流出版)』を作りましたが、この本には、もはや伝説となっていた、彼が麻布中学三年生の時に「季刊フィルム」に発表した『薔薇の葬列(1969年)』論を収録しました。
中条さんには、当時の回想も書いてもらいましたが、それを読むと、松本俊夫という映画作家・批評家がいかに当時、すごい存在だったのかがよくわかると思います。
そして、今度は、その延長で、松本俊夫さんに最も深い影響を与えた批評家・花田清輝の映画論集『ものみな映画で終わる』(仮題)を編集します。団塊の世代あたりには、花田清輝は、吉本隆明との論争で敗れた旧左翼の評論家ぐらいにしか思われていませんが、その諧謔に満ちたダイナミックな批評精神は、今でもまったく色あせてはいません。
- 2007年01月19日
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