日本近代文学研究家・平岡敏夫 「坊っちゃん」誕生100年記念インタビュー (3)
有名な作家はみんな「佐幕派」
山下 学生対教員という形で孤立と断絶が見えたのと同時に、例えば教師一人ずつの孤立という点ではどうだったんでしょうか?

平岡 教師集団の中でも結局、皆、孤立がありますよね。それから対立もあります。『坊っちゃん』でもいろいろなニックネームを与えられて教員たちが登場しますが、あの中に二系統があって、私に言わせると、元旗本の子弟である坊っちゃん、元会津藩主の子弟であった山嵐がつながっているわけですね。それから、うらなりが松山で、松山は官軍の敵で佐幕派です。松山は長州征伐に参加していたんだけれども、逆に長州が松山征伐をするというので、大金を出して第二の会津若松にならずにすんだ。だからうらなりは力がないんです。
教頭、たぬき、校長というのは学校の権力者で牛耳っている。生徒たちだって、エリートですから、明治政府の政財界のトップに行く可能性を持っている。佐幕派系の坊っちゃんと山嵐は、そういう人たちとも闘っているんです。負けるもんか、負けるもんか、と。だけど負けるわけですよ。まさに佐幕派の運命なんですね
私は『日本近代文学の出発』(1992年9月 塙新書)という本で、山路愛山の『現代日本教会史論』に書かれている「精神的革命は時代の陰より出づ」という言葉を取り上げました。本当の精神的革命というのは時代の陰から出るんだと言ってるんです。陰というのは、権力を奪われた佐幕派の人たちだと言ってもいい。政界、経済界、陸海軍、いろんなところで上に行くことができない状況になって、それでキリスト教や文学の道に行くわけです。だから大きく言うと薩長側からは文学者が一人も出ていない。明治の有名な作家はみんな佐幕派なんです。
山下 日本の近代文学が深刻で悲劇になりがちというのは、佐幕派たちが抱える悲愴なものから来ているんでしょうか?
平岡 そうですね、いろんな作品がありますけれど、漱石ももとをただせば、武田信玄の旗本というんですが、反骨精神がある佐幕派ですね。正岡子規も芥川龍之介も北村透谷も佐幕派なんです。彼らは佐幕派の没落士族、とくに子女を描いてます。贔屓するものがあるんでしょうね。権力を持ってくると文学や宗教は必要なくなるんですね。
山下 先生のご著書で『漱石 ある佐幕派子女の物語』(2000年1月 おうふう)というのがあり、ここで漱石作品と佐幕派の関連を詳しく論じていらっしゃいますね。
平岡 それから私は『明治』(2006年9月 思潮社)という詩集では『佐幕派のうた』というのを書いています。
- 2007年01月29日
コメント