映画書籍編集者 高崎俊夫インタビュー(3)

高崎

(牛田)映画評論家の条件とは何だと思いますか。

(高崎)最良の批評家というのは、読んだ者にすぐさま「その映画がみたい!」という強烈な欲望を喚起させる、一種のアジテーターであると思いますね。香具師のような才能といいますか。淀川長治さんも偉大な先駆者のひとりですね。ただし、「キネ旬」が衰退していくなかで、映画批評家のなかにも長大な論文を書けるような媒体がない、という危機感があったと思います。そういう意味でも、1980年の『月刊イメージフォーラム』の創刊は大きかったと思います。

(牛田)映画評論家が媒体とともに少なくなってきましたよね。

(高崎)かわなかのぶひろさんは、もともと実験映画の長い評論の翻訳を載せる媒体がない、じゃあ自前で作ってしまおうという発想で『月刊イメージフォーラム』を創刊されたのだと思います。そこから、新しい書き手を育てようということで、ダゲレオ出版評論賞をたちあげたわけです。

(牛田)ダゲレオ出版評論賞での受賞者の名前を見たときに驚きました。みなさんが現在先端で映画研究をされているかたばかりだったので。

(高崎)一回目の優秀賞が、加藤幹郎さんの「映画と音の自己増殖-新しい映画のために」、武田潔さんの「ロバート・アルトマン あるいはスペクタクルへの眼差し」、鈴木一誌さんの「愛の映像、愛の退場」、佳作で今、社会学者で活躍している橋爪大三郎さん「ツィゴイネルワイゼン:知の擬態」でしょ。第二回目に梅本洋一さんの「映画と劇場」、錚々たる面々ですよね。審査委員が山根貞男さん、かわなかのぶひろさん、河原畑寧さん、松本俊夫さん。みんなそれぞれ個性が強いから、満場一致というケースはほとんどなくて、最優秀賞をとったのはたった二人だけですね。昨年『レッドパージ・ハリウッド 赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝(2006年、作品社)』を出した上島春彦さんの「モアレ」と石井深さんの「声の罠『関の弥太っぺ』論」。石井さんは、もう筆を折ってしまったけど、この論文は、日本映画の批評のアンソロジーを組むとしたら、必ず入れたいと思えるほど、傑出していたと思います。その他にも、渋谷に新しくできた名画座「シネマ・ヴェーラ」の支配人の内藤篤さんとか日活の助監督だった那須博之さんとかも応募していて活気がありました。
ただし、回を重ねるごとに蓮實重彦さんの表層批評の影響がすごく出てきたんです。80年代半ば頃になると、蓮實さんはカリスマとして神格化され、ダゲレオ評論賞に応募してくる原稿がほとんど蓮實文体そっくりになってしまい、唖然となったのを覚えています。それで、結局、評論賞自体も止めてしまうんですが。

(牛田)私の学生時代でさえ、「シネフィル」と呼ばれる映画オタクの人たちはみんな蓮實重彦さんの本を読んでいました。

(高崎)当時、映画監督の万田邦敏さんが『月刊イメージフォーラム』で「蓮實重彦現象」というケッサクなエッセイを書いてくれました。カフカの「変身」みたいに、ハスミ光線を浴びると翌日ハスミ虫になってしまうという爆笑もののアイロニカルな内容でしたが、冗談ではなく、そういう蓮實さんの褒める映画しか見ない、認めないっていう重症患者がゾロゾロ、出てきたんです。たとえば蓮實さんはしたたかな戦略家ですから、ハワード・ホークスを天才と絶賛する際に、ジョン・ヒューストンを貶めるような書き方をする。これは、まあ一種のジョークなんですけど、無邪気なハスミ原理主義者は、そういう放言を真に受けてしまうんですね。ジョン・ヒューストンの映画を一本も見たことがないのに、あれは馬鹿だなんて安易に口にしてしまう。本当にこれでは、まさに洗脳と同じです。『月刊イメージフォーラム』でも、そういうふうに映画を一種の<排除と選別>でとらえるのは、高踏的なグルメ趣味にすぎないと批判して、当時、『リュミエール』を創刊したばかりの蓮實さんと論争めいたことが起きたこともあります。

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメントする

(文化会議 にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

comment form