落語家 昔昔亭桃太郎師匠インタビュー(1)
まず最初に、なぜ落語家になられたのかお聞かせ願えますか?
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ちっちゃいころからね、トンチがあるって言われたのね。学校で「今週の○○○」って週に一ぺんあるじゃない。それを講堂のさ、体育館のとこで読み上げるんだよ。今週の目標とかさ。あれ俺がやると笑うんだよ。まじめにしゃべってんだけどね。だから、なんかそういう笑わせることしてないのに笑われるっていう素養があんのかと思って。
話才ですとか?
そうそう話才、洋裁だな(笑)。
(笑)ではなぜ春風亭柳昇師匠に弟子入りされたのですか?
(柳昇)師匠を選んだっていうのは、やっぱり高校時代にNHKのラジオで聴いて面白いなと、うん。やっぱり縁があったんだろうね。結果的に良い縁だった。今は大変感謝しています。
どういう方だったんですか?
あんまり落語の評判良くなかった。
落語家の中でですか?
そう、だからあんまり弟子もいなかった。それで俺が入ったときの師匠の評価は低かったけど65歳くらいから売れ出してね。それで「あ、やっぱり師匠を選んだ俺のセンスは良かったな」と。
どういう形で弟子入りされたんですか?
直接行ってね、武蔵野市とかだったんだよ。でも武蔵野市の駅ないんだよね。だから武蔵境で降りたの。で、歩いて行ったの。当時はずいぶん田舎だったよね。40年も前だからね。で、行ったらもう弟子もいなくてすぐにオッケー出たの。意外だったね。2回くらい断られると思ったから。
もし断られても諦めないで通うおつもりでしたか?
通ったかもわかんないね。
ちなみに桃太郎師匠のまわりで落語家になろうという方はいらっしゃいましたか?
いや、そんなのいないよ。変わった商売やってるの俺だけだよ。まあそれぞれ才能はあると思うんだけど、みんなその才能ある道に行かないんだよね。俺は自分の道全部自分で決めてた。小学校の頃、親にも相談しないでね。本に相談して。小学校の入学式だって、一人で行ったんだから。でも不安だったね。
どういった本を読まれていたんですか?
文芸春秋、中央公論、婦人公論から週刊誌。そして司馬遼太郎、吉川英治とかね。あと…松本清張とかの小説も読んだけどね。五木寛之も読んだ。野坂昭如のエッセイだとかも。こういう本と相談したの。今でもそうだよ。今でも人に相談しないよ。
現在ではどういった本を読まれていますか?
今はもっぱらエッセイ。もう難しい本はだめだ。それこそドストエフスキーも読んだけどね(笑)。勉強になったけど、今はもう疲れて読めない。
今、本についてお話し頂きましたけれど、落語以外で興味のある学問や芸術の分野などありましたら教えてください。
気分転換とか、なにかいいヒントを得るために映画や音楽を見たり聴いたりはするよ。モーツァルトなんかは疲れが癒されて良いね。でもやっぱり力を入れているのは文筆だろうね。文筆の才能もまあ、あると思うからね。今2誌連載をもってるんだけどね。それは本を読んできたおかげだと思うんだよね。
落語などでお話しするにしても、連載などをお書きになるにしても、言葉を表現するということは大切なことであるとは思いますが、言葉の表現についてなにかお考えになっていることがありましたら教えてください。
あれはやっぱり、本読んで勉強したのですよ。人のを読んで、文才のね。俺はただ見るだけじゃないから。「ああ、こういうとこで止めるのか」とか「こういう表現するのか」とかね。そういう感じで読むから。ただ読んで楽しむだけじゃなくて、書き方、文体を見たりする。それは良い勉強だったよね。常にそういうふうに見てたから。「ああ、この人うまいなあ」とかね。野坂昭如からはずいぶん勉強になったね。あと(立川)談志さんも文うまいよね。
で、話すのもやっぱ本読んだおかげだと思うんだよね。読書量には自信があるから。その読書量には昔のものも入るけれども。週刊誌の連載とか全部読んでる。子供の頃から。読書をして忘れた量がその人の知識になるから。ようするに、忘れた量が多ければ多いほど、知識が増えたってことだから。そう考えると、うちの父親は読書家だったから、すべて父親のおかげだね。まあ、祖父もそうだったから…じゃあ先祖のおかげだ(笑)。先祖が読書家だったんで、俺もその血を引いてるんだよね。
では小さい頃からご自宅には本が沢山あったのですね。
いやいや、もう捨てちゃうから。うちの親父は喋るのも面白くて、そこも親父から受け継いでる。爺さんはコロンビア大学に行っていたし。洒落もんだったんだよね。当時、2ヶ月かけて船で行ったんだから。先祖のおかげだよね。すべてね。だから墓参りには行かなきゃいけないんだけども、こっちからは感謝はいつもしてる。先祖に。すべて先祖のおかげ。
- 2006年12月22日
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