森詠インタヴュー  ?森詠という人間?(4)

 作家 森詠

藤井 そうなんです。意見がぶれてしまうんです。これが真実だという確信がどうもつかめないんです。これは朝鮮問題に限った事ではなく、すべてに関してです。その点、先生の学生時代には学生運動が盛んだったと思うのですが、当時のパワーがうらやましいというか、不思議というか……

先生 当時の人間関係と今の人間関係は確かに違うのかもしれないけど、当時の人間関係がいいとは思っていないんです。人間を敵と味方かの二分法によって分けて考えてしまいます。だから自分の味方は限りなく許容し、敵は徹底的に憎むんです。意見の違うものを許さないという偏屈なものを人間関係と呼べるかと思っています。いいところは、自分の思想、考え方に突き進めて孤立を恐れなかった。孤立を選んで、自分の生き方を貫く、あるいは少数意見でも言うという信念を持つ若者が多かった。だから人間関係を暖かいものとして繋がりを求めていたなんて事は決してなかった。むしろギスギスしていました。自分自身が若者の時代を振り返った時に小説に書くことはできないです。悲惨で残酷なのでユーモア小説でしか書けないです。自分を道化化して、茶化さないと書けないです。今の若者は優しいし、人間関係をあまり求めないで人付き合いが悪いっていうのは確かにあるけど、昔のギスギスした関係よりよほどいいように思います。

藤井 では最後におたずねします。作家にとって一番大事なことは何ですか。

先生 パッションだと思う。人を感動させてやろうという事ではなくて、自分自身がいかに物事に感動して良いものは良いって見ることができるかって事。感動力、喜怒哀楽に敏感でなければ作家といえないんじゃないかな。そして自分の中にいるもう独りを吐露する事も大事だけどその前に原動力となるパッションが大事だと思います。

藤井 どうもありがとうございました。

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