映画監督 中島貞夫インタビュー(3)



牛田: 何でもそうなのですが、師匠というのはその人の一生を変えてしまう存在だと思うのですが、中島監督にとって師匠って誰なんですか?



中島: 三人いるんですよ。マキノ雅弘、田坂具隆、今井正監督ですね。それぞれ教えてもらったことが違うんですよ。
今井さんには映画をつくるためにはいかなる政治力が必要かとか。つまり映画をつくるって事はソフト面の内容ではなくてね、ハード面、作るときの周囲とのかかわり。特にわれわれの場合企業とのかかわりかた。そのなかで自分をどう置かないといけないかって。それとどうしないといけないかって。それを徹底的に教えられたね。



牛田: 今井監督がですか?



中島: そう。



牛田: 今井正監督というと「お硬い映画を撮る」社会派の監督なのかと想像していて、中島監督とあまりつながりがみえないんですけど。



中島: 確かに硬いよね。僕も根は硬いんだよ(笑)。



牛田: そうですよね(一同爆笑)。学生時代はギリシャ演劇を専攻していたんですものね。



中島: まあギリシャ演劇とは関係ないけど。学生時代はみんな学生運動やっているしね。



牛田: マキノ監督と中島監督はくっつくんですけど、今井監督とはあまりくっつかないですね。



中島: 田坂さんなんてもっとくっつかないでしょ。
田坂さんは非常に誠実な方で、そのかわりある意味で非常にテクニシャンですよ。
あの人の映画分析してごらん。すごいテクニックつかっているから。ただそのテクニックはあまりみえない撮り方しているね。本当にテクニシャン。
人間をストレートに見ているんだけど、撮ると、映像的な見事なテクニック。もちろんちゃんとお芝居もつけるんだけどね。例えば、台本見たら整然と画面を割って描かれている。できあがるとそのとおりの絵がでてきている。シナリオ通りにできてくる。だからシナリオ段階で自分の意見を存分に入れているね。カメラが右から左へと長い移動する、次のショットでもうひとつ前にきて、左から右へと移動する。それが鮮やかにつながっているんだよ。
映像のあざといテクニックでないものをかなり勉強させてもらいました。「先生なんでこんな撮り方するんですか?」って聞くと「うるさいねえ、お前は」と言いながらもね、なぜそうしなければいけないかっていうのを教えてくれるんだよね。
マキノ親父は「やっとけー」と言われるわけなのね。主役は自分で撮ってね、後は「撮っておけ」って帰っちゃう。急いでスプリクターにきいて「何処残っているんですか?」ってね。そうするとこういうカットが残っているっていわれるから、それを撮ってね。そしてラッシュでつなぐじゃない。見てみると恥ずかしいから「そのカット外してください」っていうわけ。そうすると「そうか。お前がそういんだったらはずすわ」というタイプの監督でね。撮ったら必ずつないで見せられて。



牛田: それではマキノ監督は中島監督や他の助監督に任せて育てたって感じですか。



中島: いや、無茶苦茶よ(笑)。そういうこともあるけど、どなりつけられてばかりいたときもある。監督なんていくつになっても試行錯誤してやっていうわけ。裏側ではね。いっぺんね『日本侠客伝』のなかで高倉健ちゃんと藤純子さんのお芝居があってね。ラブシーンではないんだけど、男と女のお芝居のシーンがあってね。何回書き直しても気に入らないわけよ。十回目になったんでね、知らん顔して一回目に持っていったのと同じものを持っていった。そしたら「これじゃないか」っていうわけ。もうカーとなってね、「もう親父さんは無茶苦茶だ、親父さんの仕事はしない」とか言ったりしてね。だけど自分が監督になるとよくわかるだな。自分が試行錯誤しているからそれがいいわるいじゃないんだよね。
ちょっと違うなっていうと、なんかちょっと違うんだよね。だから10回目書き直すってことは、その間に1ヶ月ぐらいたっている。そうするとおさまってくる。一ヶ月たつと自分のなかでも固まりつつあるからそれでいいんだけど。誰もが監督は最後まで試行錯誤するからね。それがわかってからはね。

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