映画監督 中島貞夫インタビュー(2)

牛田: 映画評論家の山根貞男さんが、どの分野でも器用に映画を作られる中島監督を尊称して「作家性がない作家」と池袋文芸座の「中島貞夫特集」のとき監督とお話されていました。現代の学生は60年代のゴダールやトリュフォーのような作家性の強い監督に憧れて監督になるってことが多いと思います。そういう学生さんに教えるということ、中島監督は作家性のある作品というよりも一般のお客さんを対象とする作品を作ってこられた。そこに何かずれとかがありますか。
中島: 全然関係ありませんよ。ものをつくるってことは、同じですよ。作家性なんていうのは状況との関係であってね。自分の属している場とかで決まっていくんだよね。例えば僕が東映ではなく松竹だったら何をやっていたのかね(笑)。まあお前みたいな行儀の悪いやつは松竹に入れんとかはあるんだろうけど(笑)。
でもその会社、会社がもっている色合いがある。そこの会社のなかで主流となって活躍しようとするといつの間にかね。
僕も東映に入社した頃は、「従来の東映カラーをぶち壊さなくてはならない」って思った。でも自分らが作り出すとそれが東映になるんだよね。初期のころは東映をぶち壊すっていったスタイルが、「The 東映」になっていく。プログラムピクチャーで何本も並んでいくからね。だからはじめは企業内抵抗派っていうレッテルを貼られたけど、気が付いたら、若い連中から「あいつは排斥しないといけない」っていうことになっていて(笑)、それが歴史というものでしょ。
牛田: 中島監督ほど多くの作品をとっていて、大学で教えるというのは珍しいですよね。
中島: あんまりいないかもしれない。先生になるのは作家性が重要であるとすれば別なのかもしれないけど(笑)、逆の言い方するとなんにでも対応していきますよってね。極端な言い方かもしれないけど、ドキュメンタリーも時代劇もエロ映画もアクションもなんでも自由。これやっちゃいかんとかは一切言わないんですよ。やりたいことは何でもやれとね。
- 2006年10月20日
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