安西水丸 インタビュー(4)
――安西さんの「水」という文字へのこだわりや、「日本大学芸術学部美術学科」という字面の美しさのお話を聞いて、面白いなと思ったんですが、イラストレーションと文字表現・文章表現の関わりや違いについてどう考えていらっしゃいますか?
安西 僕は絵はそんなに上手い方ではないんです。ただ目の前にビジュアルが展開するというのが面白くて、子供の頃からよく絵を描いて遊んでいたんですね。父親が早くに死んだんで、母親を喜ばせる為によく勉強もしました。だから本もよく読んではいたんですが、何となく本を読めと言われるのが勉強をしなさいって言われているみたいでね。やっぱり絵を描く方が楽しかった。本で読んだ話を絵に描いてみたり、そういう遊びを考えたりしましたね。文章を書き始めたのは四十くらいの頃で、当時の「小説現代」の編集長が、その頃僕は目次に絵を描いていたんですが、彼がある日「水丸さん、何か書いてみませんか?」と言うんです。僕はてっきり絵だと思って、軽く「いいですよ、何枚くらい描きますか?」とか言ってたんですけど、原稿を頼まれてるというのがわかってとても驚きました。でも別に文章を書くのは嫌いじゃなかったんで、まずエッセイの連載を始めたんです。二号目が出た頃から、いろんな編集者が電話してきてすごく誉めるんですよ。それがおかしくてね。文章といっても日本語だし、外国語で書くわけじゃないしね(笑)。
でも文章を書くのは好きですね。ただ、職業的には、文章を書く人間より、絵を描く人間の方が清々しい感じはしますね(笑)。そういう点ではイラストレーターといわれる方がどちらかというと好きですね。それに僕は芸術ってよくわからない。昔からいるでしょう、耳切ったり、血を吐いたり、原稿用紙ちぎったり、ああいう感じが嫌なんですね。楽しけりゃやるけど、苦悩してまでやるのが嫌なんですね。文章を書くのは基本的に好きだと思うからやってます。今、アメリカの小説の翻訳をしています。
――安西さんはご自分の文章にご自分でイラストレーションを描かれたりしますよね。他の人の文章にイラストレーションを描く、或いは安西さんの文章に他の人がイラストレーションを描くのを比べてみてどうですか?
安西 自分の文章に他の人のイラストレーションが付くと、その上に白い紙を貼り付けて自分で描きたくなりますね(笑)。何でこんなに文章を理解できない絵を描くんだろうと思います。そういう意味で挿絵というのはとても難しい仕事だなと思います。
――私は宮沢賢治を研究しているんですが、賢治は自分の作品に挿絵を入れたがっていたらしいんですね。安西さん、賢治の挿絵、何か思い浮かびますか?
安西 思い浮かびますよ。「注文の多い料理店」のランプを持った暗い感じのオジサンとかね。あの人のは大体そういうのが多い(笑)。
――ええ(笑)。宮沢賢治はお好きですか?
安西 そんなに好きじゃないけど、すごい人だとは思います。作品は全部読んでます。「春と修羅」なんか好きですね。「どんぐりと山猫」も子供の頃大好きでしたね。非常にビジュアルな文章を書きますよね。文字というのは象形文字ですから、漢字なんてそのまま絵ですよね。僕の「水」という文字もシンメトリーがちょっと崩れてて、画数が少ないわりにインパクトがあっていいと思うんです。僕はデザインを勉強していましたから、ペンネームを決める時に紙に描いてみたんですね。これならいくらサインを求められても腱鞘炎にはならないと思ったんです(笑)。
――文章のお仕事の方で仲の良い作家はいらっしゃいますか?
安西 僕は作家の友達というと村上春樹さんとか嵐山光三郎さんくらいしかいないんだけど、村上さんも作家みたいな感じは全然見せないし、一緒に食事をする時もほとんど小説の話はしないですね。彼は大変きちっとしていて時間は守るし、もちろん原稿の締め切りも守るし、昔の作家みたいに頭を掻きむしったりもしない(笑)。もちろん作家だからいろいろと大変なんだろうけど、規則正しく、それでいて天才的な仕事をする。本当にすごい人だなと感心します。
僕はたまたま彼と友達になったのはひとつの運命のようなもので、はじめは彼が僕の絵を面白がっているっていうんで、ある編集者が会いませんかって。彼はまだ「ピーターキット」というジャズの店やっていました。会ったら、何となく気が合ってね。それで一緒に仕事をするようになって、何冊か共著を出しましたね。
彼の小説に時々ワタナベノボルという人物が出てくるんですが、あれは僕の本名なんです。よくわからないけど、何かワタナベノボルにはこだわりがあるらしくて、「ねじまき鳥クロニクル」ではワタヤノボルっていう悪い男が出てくるしね。以前彼がある雑誌のインタビューで答えているのを読んだけど、「安西水丸さんに本名を訊いたら「僕はワタナベノボルっていうんだけど」って言われて、それが僕のなかに記号のように返ってきたんです」と言ってましたね。
――文章を書く人にとって、自分のインスピレーションを共有できる絵を描く人というのは大事なんですね。
安西 それはあるかもしれませんね。
- 2006年09月29日
コメント