落語家 三遊亭白鳥 インタビュー(5)

――落語界の師匠と弟子の関係というのは辛いんですか?
白鳥 辛い! もちろん師匠によるけどね。いくら落語が好きでも、やはり人間関係だから、残る奴の方が少ないよ。うちの師匠も、すごいヒステリックな時は罵声を浴びせるから、みんな萎縮しちゃう。僕は高校からずっと、柔道、ラグビー、空手の体育会系でやってきていたから、今は辛くても二年、三年過ぎれば楽になる、って分かっていた。そのことを知らないでこの世界に入ったら、結構大変だったかもね。
――高校や日芸時代の運動部が、落語の世界で役に立ったんですね。では、日芸の文芸で文章を書いていたことが役にたったのでしょうか?
白鳥 円丈師匠は弟子をとらない人だったんだけど、文章が書けるからって師匠に入門できたんだよ。新作落語は基本的には創作だから、文章書けなかったら弟子にはしてもらえてはいなかったと思う。
――そういえば白鳥さんも日芸時代、文芸学科の「ゼミ雑誌」に書いてましたよね。
白鳥 『藤田君と愉快な仲間たち』っていう題名でゼミ雑誌を作ったんですよ。面白いって言われて、それが評判になってね。それで、いろいろな出版社へ送りましたよ。なしのつぶてだったけれど。(笑)
――『藤田君と愉快な仲間たち』、文芸学科にまだ保存してありますよ!
今後は文筆業もされていくのですか?
白鳥 今、シアターガイドにコラムがひとつ、読売の夕刊にコラムをひとつ書いています。今の落語家って、落研出身者が多いんですよ。技術はあるんだけれど、よその世界を知らない人も多い。僕は落語との接点として雑多の本を読んでいたし、空手部や日芸の話とか、他の知識が多ければ創作していくときプラスになるんです。
――白鳥さんは新作落語、文筆業と自己表現の分野を二つ持っていらっしゃることになりますね。落語と文章で大きな違いを感じますか?
白鳥 それは大きく違うね。ナマの落語では、いろんな客層を相手にするからね。ウケると、すごい一体感が生まれる。小三治師匠の有名な言葉に「客を舞台に上げろ」というのがあります。でも、ナマの落語の場合、一回失敗したら、二度と繰り返し出来ないから怖い。お客さんを自分の世界に引きずり込んでしまうという意味。
文章の場合は、読みやすく、簡潔にとかね。両方とも自己表現だからそれは同じ。文章は、他の人にはないような書き方を心がけます。
――それでは最後に、日芸の後輩に一言お願いします。
白鳥 若いころは、色々無駄なこといっぱいやったほうがいいか。バカできるのは、今のうちなんだから。やりたいと思うことがあったら、思い切って飛び込んでみる。死んでもいいと思ってね。だいたい四十過ぎてから、落ち着いてくるんですから。それまでは、後戻りできるからね。
何でも地道にやっていれば、結局自分の夢に還元されてくるんですよ、絶対に。
――ありがとうございました。
- 2006年08月07日
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