作家 中沢けい インタビュー(2)

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山下: 十代の作家が芥川賞をとったりと、小説家の低年齢化が話題になっていますが、そもそも中沢先生も十代で鮮烈にデビューなされています。まずはデビュー作『海を感じる時』についてお聞きしたいです。私は「社会から葬られたくない。」という台詞がとても印象に残っています。あそこに、新しいヒロインの誕生が、「中沢けい」という作家のデビューと重なってイメージされるんです。

中沢: 『海を感じる時』は、初めてまとまりをつけて書いた作品です。125枚ね。私小説というわけではないけれど、モデルはいました。それから自分の経験も交えて書きました。あの作品が賞を取ってから、最初の半年はインタビューや取材をこなすのが大変でしたね。当時は、昼は事務所に勤めていて、夜、大学に通うという生活をしていて、その狭間によく、お茶ノ水の喫茶店で記者を待たせておいて、終電に飛び乗って、銭湯が閉まる前に入る、という暮らしでした。とにかく体力勝負で、考えてるひまなどなかったですね。そういえば、あまりに忙しかったので、大学を中退したっていう噂を流されてしまって、むっとしました。

牛田: デビュー当時、御家族はどんな反応でしたか?

中沢:
 同じ高校の後輩で、二つ違いの弟が、ちょっと迷惑をこうむったみたいです。高校時代、私は生徒会の副会長をやっていて、生徒総会では議長をやっていました。議会では汚い野次が飛ぶことが伝統的な学校だから、私も「てめえら文句あるなら前に出てきて言え!」なんて怒鳴ってました。それ以来、弟は学校で口を聞いてくれなくなっちゃいました(笑)。そして翌年、私のデビュー騒ぎがあって、弟は当時いろいろなことを言われたみたいですね。私が彼から聞いたのはだいぶ後になってからで、当時一切私には聞かせませんでした。ねえちゃんには困った、って感じだったでしょうね。

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