作家 中沢けい インタビュー(1)

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インタビュアー 牛田あや美・山下聖美



インタビューの前に 山下聖美


 中沢けい氏にはじめて会った、というかすれ違ったのは、10年前の日芸・江古田校舎文芸棟、階段のところであった。当時、外部の大学から日芸の大学院に来たばかりであった私は、同じく、日芸歴まだ数ヶ月の院の友人とともに中沢けい氏を〈発見〉し、「中沢けいだ!」とミーハー的眼差しを送ったのであった。
 当時、中沢けい氏は、学科の授業を担当されていたはずだ。最近では大学院の授業も受け持つようになられているが、私たちの時代、中沢氏はまだ学科の授業だけを担当する名物教員であったのだ。「さすが日芸だね、有名人がいるよ。」とささやきあったことがなつかしく思い出される。

 

それから数年経ち、日芸に就職した私は、晴れて、中沢けい氏と仕事上の話もできる仲になった。かねてから憧れの「中沢けい」であったので、私は何かにつけて中沢氏にすりよった。「江古田文学」で夏目漱石特集をした際には原稿を書いて頂いたし、小さな研究会も開催してもらい、源氏物語の読書会をした。こうした直接の交流の他にも、中沢けい氏から学ぶことは多かった。授業ギリギリまで原稿用紙に向かう姿に、作家という職業の壮絶さを見たし、日々更新される氏の公式ホームページ「豆畑の友」からは、一つの道を歩んできた作家が、未来に広がるさらなる大きな道へ向かって、野心的な試みをはじめている姿をかいま見る。まっすぐに、威力的に、氏は前進し続けている。

 今回はあらためて、作家・中沢けい氏にデビュー当時から現在までの作家生活について語って頂いた。そしてもう一つ。最近、中沢氏は法政大学の教授になられ、(残念なことに)日芸の授業は大学院の一つをのぞいてやめられてしまったが、同じ創作系の大学の「大学人」として、聞いてみたいことがあった。作家として、大学人として、中沢けい氏の歩んできた道、これからの道をインタビューした。

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