映画評論家 波多野哲朗

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映画評論家の波多野哲郎さんにインタビューしました。現在話題の「ちょい不良(わる)オヤジ」という言葉が出る前から、学生たちは密かに「不良オヤジ」と呼んでいました。いつも学校に大型バイクで乗り入れ、メットを外すとロマンスグレーの髪をなびかせ、足早に教室へと向かっていたことが由来です。
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波多野先生が映画評論家として活躍していた時代は、「映画評論家」という言葉が特別な輝きを持った職業として流通していました。しかし現在では「映画評論家」という言葉にそのような輝きはありません。現在の「映画評論家」のあり方と、波多野先生の時代とは異なっています。現在の「映画評論家」の役割は課題として残しつつ、50年代、60年代の「映画評論」とは何だったのだろうか。現在ではそれを振り返る動きがあまりみられません。映画史については多くの研究書があるにもかかわらず、映画評論史はほとんどありません。その映画評論史を編纂した理由、そしてその時代の映画評論がなぜあれほどまでに輝かしいものであったのか。

それぞれの映画評論雑誌の特徴を中心に、なぜそれが輝かしい光を放っていたのか?それにもかかわらずなぜその時代ははかなくも過ぎ去ってしまったのか?を中心にお話をききました。


かつて大学院を受験するときに波多野先生が編纂された『映画理論集成(岩本憲児、波多野哲郎、1982年、フィルムアート社)』を教科書として何度も何度も読み返しました。今回のインタビューも教科書ではないかと思えるほど映画評論史を詳しく論じていただきました。私のような「若い」映画研究をする者には必見です。

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