映画評論家 波多野哲朗インタビュー第一部 (10)

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映画批評をめぐって、もう二度とあのような時代はやってこないでしょうね。『シネマ』は創刊のときは同人雑誌の規模でしたが、2号目から取次店の日販が、3号目からは東販が扱ってくれるようになったんですからね。今日ではまったく信じられないことです。いまはかなりの出版社でも、なかなか取次店の口座を持てない時代です。映画の批評誌などまずは相手にされませんから、永久に同人誌でありつづけなければなりません。それから、長文の映画批評を大勢の人たちが読み、それについて議論をするという時代が終ったことです。むろんいまでも本格的な映画批評はあるけれども、それを読むのは限られたごく映画研究者とマニアックな映画ファンだけで、かつてのように一般の映画ファンではありません。cinema5.jpg いまでも映画評論といえば、ほとんどがレヴューです。レヴューというのは、言うならば映画の紹介プラス印象批評ですね。評論家たちは、一般の人たちよりも何ヶ月か前に試写室で映画を観て、その映画について書くのですが、それを読む人たちのほうは、まだ映画を観ていないんです。こうしたレヴューと批評(クリティーク)とはまったく別のものだと、私は『シネマ』の頃から考えていました。『カイエ・デュ・シネマ』などがエイゼンシュテインやゴダールの特集を何度も何度もやっているのを見るにつけ、なぜ日本の映画雑誌は封切り前の映画ばかり批評するのだろうと思っていました。
73年の『ぴあ』の登場から出版の状況は大きく変わり、情報の時代、カタログの時代に入ります。それによって映画について厳密に論じられていた問題意識も、そのまま投げ出されてしまいました。たとえば映画について、「なにをどのように語るのか」また「なにを語ることが出きるのか」といった問題について、もっと考えておかねばならないはずです。しかし映画批評の質が低下してしまった。知的に研ぎ澄まされ、蓄積されてきた議論が、情報化社会の中でちゃんと生き延びることが出来なかった。「思想的流産」です。
牛田: 波多野先生がなさっていた『シネマ69』は雑誌としては長く続かなかったのですが、その延長線上に『リュミエール』があって、1980年代へと続いていくように思うのですが。
波多野: 私もそう思います。『シネマ69』の映画そのものについて語るという問題意識は、『リュミエール』によって受け継がれたと思います。もっとも『リュミエール』は、『シネマ69』よりは、はるかに映画通の雑誌になったけどね。

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