日野日出志ロングインタビュー(8)

漫画家 日野日出志ロングインタビューの最終回。(インタビューアー:栗原 隆浩)

栗原 いまの作家の作品は、意識されてご覧になりますか?
日野 ほとんど見ません。大体、漫画家はね、他の人の作品は見ないと思いますよ。見る暇がないし、時代を意識してもしょうがない。時代なんて、来年になったら変わっているから。僕は、時代なんて一切関係なしに、10年、20年経っても、読めるようなものを描きたい。
栗原 小説にしても、時代を意識したものが多いように感じます
日野ファッション的になってきちゃったね。なんでだろうな・・それもある種、漫画の視覚的な影響があるのかな。実は、目で見る活字、書き文字を生かした小説、っていうのを考えてたのよ。やられちゃったな。『ハリーポッター』の原作って、そういう書き方しているらしいね。まあ、あれは、ディティールに、エンターテイメントのエッセンスを全部ぶち込んであるからね。
栗原重さがないですよね。僕にとっては、重さが足りなかったです
日野 だからうけるんだと思う。ハリウッドのエンターテイメント。その反面、ヨーロッパものは重いよね(笑)ある種、暗い。あれは、文化の歴史の違いだと思う。
栗原 僕個人で断定するわけにはいかないんですが、最近の作品で、何回も見返し
たいと思うものが、余りないんです。
日野 僕が漫画家になろうと思ったころ、何気ない日常を描いた映画、いいヨーロッパ
映画なんかが、結構入ってきたのよ。イタリアとかね。今は、ほんとに入ってこないよね。ハリウッド一辺倒になっちゃった。今のハリウッド映画は、おれの感覚ではうるさ過ぎる(笑) 画面が動き過ぎ。映画館で見ると疲れちゃう。
栗原 生涯を通して、何度もご覧になった、座右の映画などはありますか
日野 自分のなかではね、『切腹』『用心棒』『椿三十郎』『宮本武蔵』それから、健さんの『昭和残響伝』。これは何十回もみた。
栗原 常に、そこに立ち返るんですか?
日野 でも、創作の上では、もう自分の中にはないですね。みなくても全部分かって
いるわけ。ほとんどBGMみたいなものかな。既に、自分の中に入っちゃってるんだよね。時々、そこを刺激して、一種のストレス解消というか。ほっとする。また見てるの、って家族には言われるけどね。
栗原 何回も見てしまう作品は、なにが違うんでしょう。作品自体の力というより、見る側の問題?
日野 病気なんでしょう(笑)自分の思い入れなんだと思う。自分が漫画家になろうと思
った、きっかけあたりの作品でしょ。無意識のうちに、その気持ちを忘れたくないのかもしれない。だからといって、それを見たから創作意欲が沸いてくるわけでもない。みた瞬間は、あるんだけれど、一時間もしたら忘れてしまう。難しいですよ、創作を続けるのは。でも、僕は、何度も読み返したくなるような、そんな作品を残したいね、どうせ描くんだったら。
栗原 奇形や病気といった、人間個人の体験を超越したものを、よくモチーフとして選ばれるのも、そういう意識の現われなんでしょうか
日野 無意識の底にある、心象風景なんていうけれど、じゃあ、なんでそれが残っているのかも分からない訳ですよ。1歳のころの、着ていた毛糸のセーターの質感なんて、今も残ってるんだけどね。親戚は驚くけど、憶えているものはしょうがない。自分のなかに残っているものと、後天的に見た映画だとかが内混ぜになって、地層のように蓄積されてくる。それを掘り返すと、物語が出てくる。作品とは、ある種化石のようなものなんですよ。あたれば、いいものが出てきたりする。そういう意味で言えば、怪奇、という、限定した面で言えば、もう化石が出てこなくなってしまったのかもしれない。だけど、自分の心象風景は、必ずしも、怪奇だけではない。もっと笑えたり、もっと心温まるものだったり、楽しかったり。実は、そういうことの方が多いわけですよ。それを、やりたい。どんな世界がでてくるのかな。けど、当然、ちょっとした怪奇系の要素というのも、入ってくるもの。
栗原 日野先生の作品を、僕はホラー漫画としては見たことがないんです
日野 便宜的に、「怪奇と叙情」と名づけたけど、叙情というものがくっついている。だから、今でいうホラー漫画という意識は、まったくなかったですね。これまで怪奇の方の仕事が求められてきましたけど、もしかしたら、その反動が今になって出てきているのかもしれない。どっちかっていうと、叙情の方を切り捨てがちだったから。
栗原 『蔵六』に関する質問なんですが、作品中、モノローグ部分の声の主は、いったい誰として、先生は意識されたんでしょうか。僕の場合、主人公・蔵六を、過去の自分になぞらえて読んだんですが、その際、モノローグの部分は、過去の自分を見つめている、現在の自分の、内心の声のようにも思えたんですが
日野 蔵六とは、僕なんですよ。だけど、蔵六という名前で、あの時代の民話風にやっている限りにおいては、日野日出志ではない。でも、間違いなく自分の分身。自分の心象風景を描いた作品なんです。当然、「私は」という一人称にはなれない。蔵六は、当然、言葉をしゃべれないから、彼が言っているわけでもない。余りにも言葉をしゃべらないので、蔵六の心を、誰かが説明してあげるしかなかった。絵を描きたいんだよ、色を使いたいんだよ、って。
栗原 その不思議な語り手が、効果として、厚みをもたせたと思うんですが
日野 読み手が、どう受け取るかだよね。『蔵六』のラストシーンについて、蔵六が化け物になって、村人に復讐すべきだった、という意見があるけど、僕は違う。それをやってしまったら、蔵六は創作者ではなくなってしまうから。彼は、そういうエネルギーは一切ないんです。社会を恨むとかね。ただひたすら絵を描きたい。それだけを、僕は表現したかった。亀に変身するというのは、そういう蔵六の想いに対する、せめてもの神の救い。死にゆく蔵六の、創作への想いを、七色の亀というかたちに変えさせてくれた。そして、蔵六は眠り沼に入り、永遠の安らぎをえる。僕はそうしたかったね。今の自分が、『蔵六』を描いたらどうなるんだろ?ふっ、とそういう誘惑に駆られることはあるね。ただ、描いた当時の、自分の心象風景が、いまあるかと聞かれれば、全然ないね。あれは、自分がプロ漫画家として生きるかどうか、っていう瀬戸際の時だから。自分の過去をなぞってもしょうがない。技術的には今のほうが上をいっているだろうけど。亀になるって発想、『蔵六の奇病』ってタイトルにヒントがあるの。蔵六って、古語で亀のことなんだ。両手、両足、首、しっぽが、甲羅の中に納まるっていう意味らしい。実は、蔵六が亀に変身するアイディア、最初はなかったの。最初に名前ありきなの。白土三平の『忍者武芸帖』のなかに、蔵六って忍者がでてくるの。危機が近づくと、手足をひっこめたりする。蔵六っていう、言葉の響きが好きでね。亀だという意味は知らなかった。今考えている作品のアイディアに、温めておいた。そして、先に、『蔵六の奇病』っていうタイトルをつけた。その後、なんとなく気になって、辞書調べたら、載ってるのよ(笑)そこからね、亀に変身というアイディアが生まれたの。それまでは、ラストも決まっていなかったし。いくつかの偶然が重なって。
栗原 今となっては、亀以外は考えられませんもの。固い甲羅の中に、なにか柔らかいものが詰まっているという、内臓的なイメージもありますし
日野 今となってはね。無意識のうちに、内臓的な響きが気に入ったのかな。描いている途中で知ってね。閃いたとき、やった!と思ってね。これで売れなければ、そんな漫画界になんて未練はないよ、と思ってた。めちゃめちゃ生意気だよね。
栗原 昨年公開された映画についてですが、僕がまず最初に再現してほしかったのは、原作の色合い、臭いだったんですよ。それが、あまり重視されていなかった。
日野 あくまでも、僕は原作を提供しただけだから。どんな切り口でしてもらっても構わない。僕は、コメントする立場にはありません。自分で監督するなら別だけど。漫画というのは特殊な表現媒体だから。漫画では許されるような表現でも、実写映像だと、それはおかしいんじゃないの、っていうことも多々ありますから。苦労はありますよ。
栗原 映画版は、実証的に原作を読んでいるな、というイメージを受けたんですが?
日野 僕が監督したら、当然違う映画になるでしょう。それは、いいとも悪いとも思わない。実写映像っていうのは、漫画とはまた切り口変えないと。ただ、『蔵六』に関しては、時代劇もいいけど、より自分の世界観を出すんだったら、例えば人形アニメだとか、そういうものがやりたいかな。線画のアニメも違うかな・・やっぱり立体、だなぁ。
栗原 長い時間、どうもありがとうございました
- 2006年01月01日
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