松本俊夫氏に聞く―芸術・映画についての原初的体験(3)
広瀬 学生時代には、文学作品からも影響を受けましたか?
松本 カミュやサルトル。いわゆる実存主義の時代になっていくんです。それ以前の文学が色あせてしまうぐらいに、その方法論や世界観も含めて文学の新しい土壌に思えたわけね。同時にそろそろその後につながるアンチロマンとかアンチテアトロとか、そういう世界がやってくるわけで、そこへつながっていくんです。
広瀬 鶴屋南北もお好きだと思うんですけど
松本 南北はね、もうちょっと後。大学出てから。全集を買って丹念に読みました。
広瀬 昔から手元において何度も読みかえされるものはありますか?
松本 リルケの『マルテの手記』なんかは何度も読み返しました。岩波文庫版でね。何十銭という値段のをぼろぼろにしてまだ持っています。やっぱり不条理な幻想めいたものが好みでしたね。あとは、花田清輝を高校のときから読み始めてね。まだ『アヴァンギャルド藝術』は出てなくてね。『復興期の精神』を読んで、なんだこれはっていう感じでね。そこで、花田清輝に関する関心が生れました。それ以前には、瀧口修三の『近代芸術』も高校前に読んでね。そこらへんから、現代芸術の魅力的な核心の問題ってなんだろうってことに、理論的関心が出てくるわけですね。
広瀬 『江古田文学』最新号の「しりあがり寿特集」にも寄稿されていますが、マンガは読まれる方なんですか?
松本 いや、そんなに読む方じゃないです。60年代のマンガブームの頃、特に、つげ義春の『ねじ式』の、ああいう奇妙な世界に、すごく心惹かれるものがあったな。やっぱりシュールな感じがあるじゃない。なんかこう、奇妙な恐怖感を孕んだ世界とか、そういうものはそれなりに読んでるんです。でも、映画みたいに何でもとにかく見ていくというふうには読んでいない。
山下 しりあがり寿さんは、『ねじ式』にもすごく影響を受けられたんです。
松本 そうか、分かる。繋がる面があるよね。あの作品にはそんなに違和感を感じないで、スルスルと入り込めた。わりとどこかで僕にも繋がるところがある。
広瀬 今や、漫画だとかゲームなどが学校で勉強したり、研究をしたりする対象になってきていて、そういった現象からは、アートの領域が広がっているとお考えになりますか?
松本 アートっていうものの定義自体がね、なんか既に概念が崩れてってるというかな。何らかの意味で文化に違いはないし、文化の中にも創造的な文化と、消費的な文化がある訳で。そこら辺が、個別にどんな創造的な意味を持つのかっていうのは問題にしなきゃいけないと思う。しかし、ひとつの時代の問題としていえば、それこそ近代が作り上げてきた、いわゆる規範化されてきた芸術とか芸術家というイメージや概念が崩れていく事自体には、僕は、崩れていけっていうのがあるのね。
しかし、崩れ方が恐いわけで。ある意味、拡散してそれなりに面白さをもっているんだけども、それが本当に創造的なものなのか、非常に消費的なものなのか。消費の連続で一つの文化が、拡散とか多様化とか、大衆化された集積が作り上げているものは、そろそろ、そこを全体的に論じなければいけないところに来ているのかもしれない。もちろん、古典的な意味での芸術というね、ある種の虚像が崩れていくこと、そのこと自体が間違っていたということじゃなく、20世紀になかったある地平が見え始めている。

だけど、今のままではちょっと不安がある。いろんなものを見ても、なんとなしに小粒なんだよね。多様化っていうけど、それらが並んだ集積が、意外と平板で、ある種の画一的なパラダイムになっちゃう、底がやや不安に感じる。いろんなジャンル。色々話題になって見に行ってもね。どうしてこれが、って。時にはこっちの問題意識とか感性が古くなっているんじゃないか、って不安になっちゃう。でも、どう見てもあんまりいいとはいえない。
技法も、映画的完成も洗練されているし。少なくとも僕らの若い頃と比べたら、遥にある種の映像的な豊かさがあるんだね。だけどね、人を衝撃的に揺さぶるインパクトって言う、強度を持った、芸術的衝撃力を生み出すということには必ずしもならない。そうしたギャップが気になる。僕らの時代は暗中模索で、そろうものもなくていびつで。だけど、本質的に衝撃あるものは時々生まれていた気がする。そう考えると、やや今の状態に満足できないところがあるんですね。
僕らの時代は、意見のぶつかり合い、相互の場の中で渦巻きながら作られていく。そういうものがないでしょう。閉じこもって、他者のまなざしにさらされない、葛藤のもみ合いを通して鍛えられない。閉塞した自己完結性に向かいがちだから。その部分がひ弱な感じがしないでもない。作品にも言えることだが、ある点はとてもうまいし、よく勉強しているが、構築された世界の、ダイナミックなエネルギーが足りない。結局、何をいいたいの、って。それを言わずにはおれないっていう、モチベーションの深い衝動を背景に感じないものが結構ある。よく出来ているんだけどね。その辺が気になるね。
(文責 広瀬愛)
なお、インタビューの中でも触れられていた松本俊夫氏の評論集『映像の発見―アヴァンギャルドとドキュメンタリー』が、清流出版より復刊されました。
『映像の発見―アヴァンギャルドとドキュメンタリー』
(定価\2100、清流出版、2005年、ISBN4-86029-135-2)
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- 2006年01月11日
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