日野日出志ロングインタビュー(5)

栗原 それはやっぱり、悩まないと出てこないものですよね?
日野 当然、悩んでいますね。あとは夢のお告げじゃないけど。何となく、もやもやっとした、テーマらしきものが先にあるわけですよ。10日間のスパンがあるわけです。最初にネーム切っちゃうやり方ってのは、10日間の間ですから、3日や4日で仕上げなきゃいけない。私の場合、10日の余裕がある。普通の漫画家は、ネーム出して、編集者と手直しのやり取りするわけです。僕は、最初からそれやってないの。一ページずつ、下書き書いたらペン入れていっちゃう。『蔵六』は違いますよ。全部下書きやってからだけど。だから、自分でも、次になにが出てくるか、分からないような描き方をするっていうのかな。小説家って、そういった書き方する人多いんだよね。
栗原 自動筆記じゃないですけど
日野 そう。大方、創作ノートみたいのはあるだろうから、構成は出来ているだろう。
細かいディティールまで書いたら小説になっちゃうわけだから。おれなんかの場合、ノートにラフ描きでざっと書いて。その間に、自分のなかで10日間あるわけだから、表紙なんかを描いている間に、自分の中にあったものが、多少なりとも熟成してくる。自分にとっても意外な、ある意味ですごい面白い方向へ、話しがすっ飛んでいくときもあるし、逆に、エッ、てくらいこけてしまうときもある。
栗原 周りからの評価が?
日野 いや、自分のなかで。しまったな、と思っても、でもプロという仕事している以上、そうは見せないようにしますが。
栗原 日野先生は、幼少の頃のご記憶を、恐怖や懐かしさの源泉としてもっていら
っしゃるとおもうんですが。その幼少の頃に感じたものを、例えば取材などを通じ、いま一度具体として、肉感する機会などは求められないんですか
日野 ないですね。自分の少年時代がまだあるから、それを基にして、何十年もやっていると、自分のなかに全部引き出しがあって、電話線をつなぐように。1から100まであるとするでしょ。組み合わせて繋げると、なんとなく物語らしいものにはなるんです。そのままでは使えませんが。そういう、ずるいやりかたを憶えてきちゃって(笑)だから、アイディアは枯れることはないって言う自信はある。
毎日1本出せって言われたら、作れる。でも、結局それは、積み上げてきたそれを技術的にやっているだけだから。『蔵六』や『地獄変』をやっていたときみたいに、ほんとにのめりこんで描く状況ではないんですよ。仕事、商売になっちゃっている。それだったら、なんぼでもできるんです。それが、自分で惰性だとかを感じたんで、イヤだなと。もういちど、原点に戻りたいな、ということだったんです。ほんとに出来るかどうか分からないけど。なにがでてくるのか。
栗原 いまの自分が、もう一回、過去に受けた衝撃を味わおうと思って、例えば、
恐山のような異質な場所に行ってみようだとかは考えないんですか
日野 いや、ああいうところって、いかなくても分かってるから。本当は行かなきゃ行
けないのかもしれないね、そこの空気とか。ただ、あそこに行って、いたこがどうとか、最初から作り事だと思っているんで。作られた世界。その意味を、僕は否定する気はない。そういう場所があってもいい。大事な人が亡くなった、あそこに会いに行く。でも、行く方も、本気で魂が降りてきているとは思っていないと思う。それが、イタコの声を借りて、仮の形で。要するに、生きている側が、自分を癒したいわけでしょ。死んだ人間なんか、なんも考えているわけがない。あるわけないから。分子がバラけてしまったわけですから。死後の世界なんて話も聞くけれども。まったく何もないとは思わないですよ。ですが、今、いんちきなTVでやっているような、後ろでおばあさんの霊が応援しているとか、そんなものはない、と。あるんだったらば、じゃあ、今日もまたニュースでやっていたけれども、小学校1年の女の子がですよ、変質者にね、殺されるのをどうして助けられない?その人の人生に影響を及ぼすような力があるんだったらね。何も出来ないじゃないか。そんなことより、現実にそういう人間がいる、ということの方が怖いわけですよ。
だから、TVでああいう番組をやるのはいかがなものか、と僕は思うよね。占いもそうだけど。変な新興宗教、オウムなんかも、そういう流れのなかにあると思うんだけど。科学で解明できない、そんなのは当たり前。解明できないことの方が多いじゃないか。
恐竜の身体の色だって、いまの科学じゃわからないものね。骨だけじゃ。恐竜って、最初は、尻尾を支えに立っていたって考えられていたんだけど。新しい学説だと、そうじゃないんだよね。あれは、厳密に言うと、爬虫類ではないってふうに言われているでしょ。それの、小型の奴が、鳥に進化していったっていう説。
栗原 『蔵六』など、先生の作品は、先生ご自身のご体験を精密に復元し、既に失
われたものを取り戻そうとしている印象を受けます。そして、その一部分だけを意図的に作り変え、実際には成しえなかったことを成し遂げる、というイメージがあるんですが。過去の臓器移植といいますか。実際は、どうお考えですか
日野 『蔵六』は、当時の僕の心象風景だね。絵を描きたいって言うのは、要するに漫画を描きたいってこと。色を使いたいって言うのは、色合いのあるものを描きたいってことの象徴だった。自分自身にも不安があったわけですよ。実際、プロの漫画家になれるのかどうか。そういう不安だとか、あるいは、夢。こういう漫画家になりたいっていう。そういうものが交錯した中で、描いた作品。運よく拾われて、スポットが当たり、仕事も来るようになって。そこが出発点だった。で、30代で壁がきて、単行本やりながら、もしかしたら、漫画界は自分を必要としていないのかもしれない、そんな思いでやっていた。そんなたまっていた思いを、『地獄変』という作品でぶつけた。だから、最後に斧を投げているのは、要するに決別宣言。世の中も漫画界も、コノヤローと。みんなくたばれ、と。ここにこんな凄い漫画家がいるのに、なぜ気がつかないんだ、というわけですよ。自分は漫画家やめるつもりだった。まだ30代後半だから。若かったし、いこうと思えば、他の仕事もできたから。ふんぎるなら、今だと。
出来てきた本を見たわけですよ。だけど、全然描けていない。それから、『地獄少女』をはさんで、『地獄変』で落としたものを拾い集めて、もっと私小説風にしたのが、『赤い蛇』だったわけです。
それで、ばったり倒れて入院して。病院では看護婦に、肛門に指、突っこまれた。身体壊して。また本が出来てきたんだけど、やっぱり気にいらない。こんな作品でやめるなんて、おこがましい。その後に書いたのが『豚の町』か。へろへろなんですよ、線が。一時間机に座っていると、もうだめなの、疲れちゃって。一時間横になって、また一時間描く、を繰り返した。でも、収入がないと食えないんで、とにかく渡しちゃったの。たまにはこういうのがあってもういいだろう、ってことで。
栗原『豚の町』はお嫌いなんですか?今日、参考にもってこようかと思ったんですが
日野見たくもないね(笑) でもね、それは渡してしまった自分が悪いんだから。あん時は体調がどうたら、っていくら言ってもね。発表した以上は、弁解の余地もない。そんなこともひっくるめて、全部自分だから。失敗も、そこそこの成功もあるし。今までやってきたことは振り返ってもしょうがないんで、受け止めるしかない。
ただ、『蔵六』や『地獄変』のときは、泣きながら描いたところもあったし。ところが、月3本なんて、アシスタント何人も使ってやっていると、人に手渡したとき、あれ、いま俺なにを渡したんだっけ、っていうくらい、自分のなかに何も残っていないことがある。・・それ、まずいよね?(笑) 『蔵六』なんかのときは、自分も驚いて、感動しながら漫画を描いていた。自分自身でショックを受けた。そういうものを書きたいな。ならば、もう一回、原点に返って、一番初めの出発点に。まあ、1回挫折して、その結果、怪奇漫画になったんだけれども。だけど、今だったら、積み重ねてきたものがあるから、出来るんじゃないか、って思う。もしかしたら、すごい勘違いしているだけかもしれないね。分からない。でもね、やってみたいんですよ。絵本になるか、児童読み物になるかはわからないけど、とにかく、ひとつ完成させてみたい。それからだと思う。答えを出すのは。
- 2005年12月14日
コメント