日野日出志ロングインタビュー(4)

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栗原 作品を読み返して気づいたんですが、見開き一ページの構成が、浮世絵のよ
うに形を持っている。そして、次のページにつながる、何かしら期待を抱かせるものがありますね
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日野 ええ、当然それも意識しました。漫画って、上から順に読むんだけれども、見開
くと、どうしても全部目には入っちゃいますね。今も、見開きから、こまの構成を考えるんです。 本となる以上は、書店に並んで、不特定多数の読者に送る。娯楽というものはね、まず大前提に考える。お金を出して買ってくれるんですから。語る以前にある。だから自分は、そこにプラスして、自分の世界を塗り込めていきたい。

栗原 エンターテイメントと自分の世界を対比させた場合、エンターテイメントの
方を否定しがちじゃないですか

日野 それは大間違い。表現するもので、純粋絵画とかはよく分からないけど、僕が目指したところは漫画家ですから。芸術って何なのかと問われたとき、一言で言える人はそういないと思う。なにをもって芸術とするか。だから、それ以前に、漫画は娯楽なんだ。遊びの世界としてある。それを意識した上で、物を作る人間の端くれとして、何かしら自分のもっている思いだとかを、少しずつ、作品に塗りこめていきたい。それだけのことなんです。そこでどんな立派な哲学を語ろうとも、読んで面白くなければ何の価値もない。漫画として読めなかったら、一切ね。

栗原 漫画に限らず、何を伝えるにしても、見世物小屋のはなしではないですが、興味を引かせるじゃないですか。啖呵や口上にしても。それで、最終的に何かを見せるか否かは別問題として、見せようとするところにもっていくところが、日野先生の漫画の、み開いたときに、次のページをめくりたい、読み終わっても、もう一回最初から読み直したい、という部分とつながってくると思うんです。

日野 うん、さっきも触れたけど、まず見開きで構成考えますよね。ページがあって、
物語が始まります。奇数ページの最後のコマ、これは多かれ少なかれ、次のページをめくらせるコマなの。だから、何かしらここに、引っ張るものをいれるわけ。ページを開いてみて、あっとなり、また、なんだろうな、とめくってみる。とくにホラーっていうジャンルはそれが大事。次のページに期待させるなにかが。
それは常に意識して。ページ割りのときに、そのページにどれくらいの要素が入るか、って勘で分かるから、ノートに描いておくの。例えば、ここで主人公がしゃべる、それを受けて友達がここでしゃべるとか。夕焼け空など、風景町並みを含めて。見開きでほぼ決まっているんだよね。

栗原 後は、細部を再現していく、と

日野 そう、後はそれを絵にしていく、と。だから、ノートに書いているときは最高だよね(笑)まだ絵も入っていないでしょ。イメージとしては、常に最高のものを思い浮かべているんだけど。どうして絵を入れちゃうとこんなにつまんなくなるのかなぁ。考えてみると、デビューして今年で38年目。来年で39年目ですよ、もう。40年近くやっててね、まだそんな状態ですよ。400タイトル越えたけど、まあ駄作につぐ駄作の山だよね、ほんっとに。だから、代表作ってよくインタビューやプロフィールで聞かれるんだけれど、『蔵六の奇病』『地獄変』『赤い蛇』なんかは、いま見れば足りないところもあるし、当時思っていたよりも、抜けているところがいっぱいあるんです。だけど、当時は必死だった。敢えてそれを、僕は代表作といっているわけだけど。

栗原 さっきの話しと被るのかもしれませんが、次のページになにかを見せようとするしかけは、作者の日野先生ご自身も、次に何かを見たいからこそ描いてらっしゃると思うのですが。そのような、見たいものの源泉というのは、どこから導き出しているのでしょうか

日野 よくアシスタントに聞くのね。僕の中で、大まかな話しの筋は出来ているけれど
も、間のエピソードだとか、ラストが決まっていない場合があるの。設定だけが出来ている。とにかく、締め切りもあるんで、書き出しちゃうの。主人公のキャラクターだけは決める。友達の有無、引きこもった少年、あるいは女の子の友達だとか。表紙もタイトルも決めて。おおむね、学校へ行くシーンだとか、設定さ
え決まっていれば描けるでしょ。このあと、展開を考えるんだけれども、これからどうなると思う?って三人ぐらいに聞くんです。
  ・・そんな思いつくようなことじゃ、だめ、って。俺はもっとすごいこと考えてるよ、って言う。自分でもまだわかんないわけね。40ページぐらいあるとすると、一日4ページずつくらいやるんです。そうすると、1ヶ月90~100枚になる。4ページずつだと、10日で40枚になる。ま、30日丸まるやることはないから。当時は、一作品やったら休み、を繰り替えしていた。最初の日は、やはり3ページぐらいしかいかないのね、当然。描き始めるんだけど、先がぴっちり決まっている場合もあるし、全然決まっていない場合もある。長くやっていると、引き出しがあるからね、思い切って描き始める。友達なんかはびっくりするけどね。短編でそんな描き方できるの、怖くないのって。それが面白いんじゃないか、って言い返すんだけど(笑)それは、後から何とでも出来るのが、怪奇漫画ですよ。伏線のつもりじゃなくて書いたものを、伏線にもっていったりとかね。可能なんです。40ページ決まっちゃっていたりすると、自分の中でも驚きがないでしょ、展開に。自分は分かっちゃってるから。読者は、大方の予想をして読むはずだから、それをいい意味で裏切っていかなければならない。予想できたら詰まんないでしょ。ということは、自分も裏切らなければならない。乗っているときなんかは、朝方とろとろ目が覚めかかる頃に、その日のことを考えているわけよ。今日は何ページとか。無意識のうちに、ぱっとひらめくことがある。昨日考えていたことと、まったく違う展開になったり。すると、自分が新鮮なんですよ。なるほど、でも、その先どうすんの、って話しになって。またアシスタントと試行錯誤する。明日まで待ってみよう、ってなる。そういう書き方することもある。

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