日野日出志ロングインタビュー(3)

hino_banner.jpg


栗原 ストーリー性も「叙情」も、一切なしで、挑戦状の為の挑戦状として?

日野 一切なし。

栗原 まったくストーリー性がないという部分で、僕は一番はじめに日野作品に触
れたんです。

日野 だから、あれは逆に、最初話が来たときは、物語性のあるものをやりたい、って
思ったのね。予算がないから難しいと。カメラも長回しで、一箇所で撮れるように。なにが作れるんだよ、そんなもの、となって。考え出したのがあの方法。どうせやるんであれば、ちゃちなテーマとかいれたりすると、かえって安っぽくなるから、一切なしで。単に変な趣味の男がいて、まあ社会では大きな犯罪だけど、淡々と、カメラを回している。男の心象風景とか、そんなものには一切触れないでね。自分がバラしている行為をとり続けている、ってだけで。ただ、カメラアングルやカメラワークを考えると、誰か一人、撮影者がいることにはなるんだけれども(笑)

栗原 その当時は、やがては、「怪奇」とはまた別のものに、いずれ回帰するだろ
うということは、どこかで意識されていたんですか

日野 その頃は、自分がまた漫画をかけるようになる時代がこようとは思っていなかっ
たんだ、正直。とにかく、いつでもやめてやる、みたいな気持ちでいましたね、常に。だからこそ、思い切ったことがやれたんじゃないか。

栗原 そのような変化球といいますか、世の中への挑戦状は、もうそろそろなされ
るような時期なんでしょうか?

日野うーん、映像の場合、やるという会社なりプロデューサーがないとね。去年は映
像化したじゃないですか。映画で6本。そのプロデューサーは独立したんだけど、もうひとり若いのがいて、自分もやってみたいんですけど、みたいな話しはしてたんだけど。 監督ってどうなのかな。やれっていわれればやりますよ、みたいな話しはしているんだけど。映像の世界は先が読めないんで、なんともいえませんが。

栗原 僕の勝手な考えなんですが、やっぱり日野先生の世界は、実写ドラマでは出
ない気がするんです。やるなら、例えばクレイアニメだとか

日野実写だと、出ないですね。絵の持っているメッセージ性が。実写になっちゃうと、誰がとっても、映像はそんな変わらない。なんだろうな。キタノブルーなんてあるけど。大抵の場合、カットだけで切り出したら、誰がやってるか分からない。だから、漫画で固定したイメージを、実写の映像にするのは並大抵じゃない。

栗原 映画を見てて、ストーリーを追ってしまったんですよ、僕。原作を読んだときの、空気に浸るといいますか、その場に寄り添うといいますか、それができなかった。蔵六じゃないんですけど、佇んだり、臭いを嗅いだり、ぼーっとみつめることができなかった。起承転結で、ずっと一本のストーリーを映像化して、ああよかったね、で終わってしまった。そこが悔しかった。僕が日野先生の世界を
映像化するとしたら、粘土をこねて、臭いをまず再現するんですが)

日野まず、キャラクターを作るとき、粘土細工をこねるように、顔の向こう側を感じさせるような絵を描きたかったんです。風景にしてもそうなんだけど、ただの紙っぺらとは違うから。向こうがありますよね。それを感じるような質感。絵の存在感につながると思うし。あと、人形アニメってあるでしょ、一コマ撮りの。僕、好きなんですよ。ああいう作家になってみたいという思いもあったんで、そういう絵柄になったのかな。

栗原 テーマと、ストーリーというものの関わりについてはどうお考えですか

日野 ストーリーというのは物語だよね。始まって、動き出し、終わるとき、誰が作っ
ても、ちょっとは何かしらのテーマが出るんじゃないかな、意識しなくても。

栗原 先ほどの『血肉の花』のような?

日野おれは全然意識しなかった。むしろ、意識させないように作った。だけど、みる
人によっては感じているみたいだから、難しいと思いますよね。自分の作り方でいうと、『像六』の場合はね、バイトで、印刷工場でゲラ刷りの少年雑誌刷っていて。ちょうど、お腹の中にできものが出来る、という、ちょっとした囲み記事を見つけた。不思議でね、それがちょっと頭に残っていた。僕は、小学生時代に、色の足りないクレヨンの苦い記憶があって、ずっと色にはこだわりや渇望があったの。そこへ、ポン、と飛んだんですよ。自らの膿を絵の具にして、絵を描くのはどうだろう。ちょうど、自らの心象風景と重なるところがあった。これはいいものが出来るぞ、と、とりかかったの。

栗原漫画家としての目に対し、批評家としてのご自分の目というのは、描いてい
る際、どの程度まで働いていたんですか

日野清水先生も描いていたけど、蔵六の兄貴が鍬を洗うシーンがあるじゃない。あれ
は明らかに、彼の性的な衝動の象徴だった。それはズバリですよ。あんなコマからよくね。当時は、一コマ一コマ考えながらやっていたのは事実。だから、構図も何回も変えたし、石ころ一個にこだわったっていうのはそういうことなんです。石ころ一個あるか否かで、道の状況は違ってくる。例えば、歩いている道の先の、落ちているその石に、つまずくかもしれない。読者は無意識のうちに危機を感じる。その一個の石に、意図的な意味がなければ、描いちゃいけないんです。特に短編において、一コマはそのくらい重要。それは、相当意識して、描いています。

栗原日野先生の作品というのは、一回ストーリーを読んだらお終いではなく、また読めば、またおなじ空気の中に入っていける、という様なものがあるように感じます。僕はいま、「見世物小屋」というものについて調べているんですが、見世物小屋とは、常に何かと対面できる場所じゃないですか。かつて入ったことがあるとしても、空気に触れるために、もう一回中に入る。一回入ったからもう行
かない、ということはない。それに近いものを感じる。読者自身も、蔵六であり、その場に立ち会っているというイメージを抱くんですが

日野当時は、マンガ描くときに、特に見世物小屋を意識したというのはなく、僕の場
合、考えていたのは、杉浦茂という漫画家。影響を受けて。大好きだったんです。目の描き方とか、雰囲気が少し残っていると思うけど。何回でも読み返せる漫画を描きたいと思った。杉浦の作品をよく見ると、細かいところに花が咲いていたり、ディティールに凝っているんですよ。今見ちゃうと古いんだけど、一個一個がたまらなく愛しいのね。そういう絵を描きたかった。草一本、生一本にこだわったのはそういうことなんです。一回読んだら読み捨てじゃなくてね。当時から既に、漫画は、スピード感なんかが重視される時代になりつつあって、僕はある意味、時代に逆行していた。読むたびに、違う発見があるような、そんな作品を書きたかった。その意識はずっと一貫してあるね。

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメントする

(文化会議 にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

comment form