編集長・佐藤真理子―インタビューの情熱―(1)

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●インタビューの前に 

「インタビュー」を中心としたゼミ雑誌を作る中で、インタビューのプロフェッショナルにインタビューをするという企画があがった。そこで、私達が注目したのは佐藤真理子氏である。雑誌『ACT4』の編集長であり、その誌面の中で多種多様な分野の一流の人物に単独のインタビューを行っている佐藤氏。どんな女性なのかどきどきしながら、私達はインタビューに臨んだ。


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佐藤真理子プロフィール

『ACT4』編集長。早稲田大学卒。航空会社、出版社勤務を経て二〇〇〇年に独立。東京国際音楽祭、実行委員、プロデューサー。コンサルティングを兼ねた企業のプロモーション、イベントの企画、プロデュースなどを手がけている。
TOKYO FM、MUSICBIRDの『佐藤真理子のACT4』パーソナリティ。ビル・ゲイツ、モナコのアルベール大公、ジーコ監督、ニコラ・ブルガリなどの単独独占インタビューなどを行う。


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編集長・佐藤真理子―インタビューの情熱―(2)

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ぶれない意志を持つことが大切

―――雑誌作りで一番大事なことを教えてください。


佐藤・どういう雑誌をつくるか、というコンセプトを短く言えなければいけないと思います。例えば私だったら『ACT4』で感動を共有していきたいということです。
雑誌作りにおいてはどういう雑誌にしたいかという意志がブレないというのが一番大事だと思います。




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編集長・佐藤真理子―インタビューの情熱―(3)

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面白さを見出せない。何か違うな。


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―――では、佐藤さんが『ACT4』の編集長になるまでのお話を聞かせていただきたいと思います。まず、『ACT4』以前は出版社のアルクに勤めていらっしゃったということですが、さらにその前は何をされていたのですか?


佐藤・最初はキャセイ航空日本支社東京支店という所で働いていました。飛行機がとても好きで始めた仕事だったんですけれど、実際は地上勤務で飛行機には乗らなかったし、自分の中でカウンターでチケットを切ったり計算をしたり予約をしたりっていう仕事に面白さを見いだせなくて。
結局二年で寿退社して夫と名古屋に引越しました。

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編集長・佐藤真理子―インタビューの情熱―(4)

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音楽は素敵、感動を伝えたい


―――なぜ『セブンシーズ』を作ることになったのでしょうか?


佐藤・当時アルクは『ヒアリングマラソン』という商品がとても売れていて、その税金対策というのもあったんですけれど一方で、「捨てられないくらい贅沢な本を作る」というのはアルクの社長の夢でもあったんです。
それで、故開高健先生を編集顧問にして豪華絢爛な本を作ることになったのです。その第1号が出る頃に、『セブンシーズ』の編集長だった人が佐藤真理子をどうしても呼んで欲しいと頼んだらしくて私は『留学クラブ』から『セブンシーズ』へ異動になったのです。
こうして私は一九八八年から二〇〇〇年まで『セブンシーズ』という雑誌に籍を置くことになりました。実際、私は編集の細かいところをやっていなくて、企画に意見を言う最高に良い立場だったんです。
この仕事を一二年間やっていたおかげで人との繋がりがすごくできたし、どうやったら本ができるか、というのはすごくよくわかるようになりました。

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