発明家・ドクター中松 インタビュー~天才の軌跡~(1)




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インタビューの前に       text by 高橋数


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フロッピーディスク、灯油ポンプなど数々の発明品を世に生み出し続けている天才・ドクター中松。世界的にも有名で、最近では政治面でも活躍している彼に私は非常に興味を抱いた。
フロッピーディスクや灯油ポンプはどのようにして生まれたのか。140歳まで生きるというのは本当なのか。数々の天才伝説を確認するべく、インタビューを試みた。



ドクター中松プロフィール及び業績
・東京大学卒業 ・国際創造学者 ・工学、法学、医学、理学、人文学博士
・米国科学学会で歴史上5人の「世界一の偉大な科学者」に選定される。
・米国国会表彰受賞 ・ガンジー平和賞受賞 ・アメリカ大統領親書・ 米国発明議会最高賞
・ペンシルバニア大学 ・コロンビア大学客員教授 ・米国ドクター・中松ワールドユニバーシティー大学総長 ・九州共立大学特別客員教授
・国連アースデー日本代表 ・日本ペンクラブ国際委員 ・アメリカ発明協会副会長
・米国ニューポートアジアパシフィック大学(ハワイ)理事長
・米国ニューポートアジアパシフィック大学(カリフォルニア)副学長
・世界天才会議議長 ・国際発明協会会長
・ドクター中松創研創立者兼CEO ・ブルマート会長

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発明家・ドクター中松 インタビュー~天才の軌跡~(2)



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「発明というのはまず全てを否定することから始まります」


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---まず始めに、中松先生の「140歳まで生きる」という言葉が大変印象に残っているのですが、どうやったらその歳まで生きることができるのですか?

中松 基本的にはまじめに忠実に勤勉に生きるということ。たとえば僕は小学校のころから東大までの長い年月、一日も遅刻せず、一日も欠席せず非常にまじめに、忠実に生きてきたわけです。
やっぱり人間の寿命というのは不真面目に生きたりめちゃくちゃなことをやったりすると縮むものですから僕のその144歳まで生きる説というのは冗談ではなくてちゃんと理論的に計算をしてだしたものなのです。


たとえばアメリカの学説からすれば人というのは100歳までしか生きられないと言われているのですが、僕はそれを間違っていると思い、35年間自分が毎日食べている食事を写真に撮り、分析し、何を食べたらどうなるかというのを自分の血を採って分析し、何を食べれば何を飲めば一番良いのかを研究し、そうして生まれたのがこのお茶(ブレインドリンク。頭がよくなるお茶と言われている)とかなんですよ。
頭に良いって言うことは老人ボケにならないっていうことです。寿命が長くても老人ボケだったり、植物人間だったらそれは生きていることにはならないですから。だから運動の仕方も正しく、食べ物や飲み物も正しいものをとらなければダメです。もちろんお酒・タバコはだめ。


そうやって正しいことをやって僕は144歳まで生きます。だから、僕は今年で79歳になるけれどこれはまだ中年であると思っています。今までの70年なんてまだハナタレ小僧なんですよ。(笑)


---やっぱりこうして見てみるとお肌とかも綺麗ですもんね。やっぱりお茶(先生が発明したブレイン茶)の効果なんですか?

中松 そうですね。例えばコーヒーとか紅茶とか色々ありますが、みんな体によくないんですよ。だからこのブレインドリンクを作ったのです。


---何が入っているんですか?

中松 13種類の薬草が入っています。ちゃんと薬草だけど苦くないようにできていますから。


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先生が発明したブレインドリンク


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発明家・ドクター中松 インタビュー~天才の軌跡~(3)



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「最初に発明したのは5歳のときに作った自動重心安定装置」


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---ではフロッピーディスクを発明なされた時も何かに疑問を持ったんですか?

中松 フロッピーディスクを発明したのは僕が大学2年のときですが、当時のレコードっていうのは78回転のハイスピードでレコードの溝に針を走らせるものでした。そうすると溝と針がすれる音がしてベートーベンの消え入るような綺麗な音とかの時になると本来の音よりもノイズの方が大きくなってしまって非常に嫌だったんです。
だから僕は最初に溝と針をなくしたレコードというのを考えました。これが要するにフロッピーディスクの大本の発明になるんです。
あと、レコードっていうのはジャケットから取り出すときにどうしても静電気が発生してしまって聞いているときにパチパチ音がしてくるようになります。
これもまた聞いていて嫌な音なので静電気の発生しないレコードっていうのも考えたときに、フロッピーディスクが生まれたんです。だからフロッピーディスクに最初に記録したのはベートーベンなんです。


---一番最初の発明はなんだったんですか?

中松 最初に発明したのは5歳のときに作った自動重心安定装置、飛行機ですね。飛行機っていうのは全体の重りの中心である重心と、揚力重心といって浮き上がるときの重心が一致しないと飛ばないんですよ。それを自動的に一致させる装置を発明しました。


---そのような発想はどこからくるんですか?

中松 僕は3歳から母親に物理、科学、英語を学んでいますから、模型を飛ばしたりすればここがおかしいとかわかるんですよ。だから母親の教育ってのはすごく大事なんですよね

発明家・ドクター中松 インタビュー~天才の軌跡~(4)



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「僕の人生で一番怖かったことは母の死です」


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---先生のお母様の話をぜひお聞きしたいのですが。

中松 僕の母親っていうのは戦前の女性の東大と言われていた大学を主席で卒業した人で、非常に教育熱心でした。でも僕は一度も母親に勉強しろなんていわれたことはありませんでしたが。


---そのお母様のためにつくった発明品もあると聞きましたが・・・

中松 ありますね。灯油ポンプは、もともとは母親が台所で醤油を醤油さしに入れ替えるのに苦労していたのを見て思いついたものです。つまり、僕の発明の心は愛の心なんです。愛って言うのは親孝行の愛ね。
それは他の発明家と違うところなんだと感じています。他の発明家というのは、お金儲けをしようと思って発明するでしょ?ぼくは世の中の人を喜ばせようとして発明していますからね


---先生は先ほどからハキハキと答えに迷ったりせずお話しなさっていますが、とまどってしまうようなこと、例えば苦手なものや怖いものはないのですか?

中松 僕は苦手なものはないですね。強いて言うなら僕の人生で一番怖かったことは母の死です。


---自分が死ぬことはこわくないんですか?

中松 だってまだ中年ですから。(笑)選挙だって140歳まであと16回出馬できますからね


---あと16回出馬できると思える気持ちってすごいと思います。

中松 根性と知識と経験が重要ですね。政治家になるのには理系のことも文系のこともどちらも勉強してなきゃダメだと僕は思いますよ。誰かに言われるんじゃなくて自分から学んでいかなきゃいけない。それをもってして何かが生まれるのですから。
僕がよく言う言葉に選難楽というのがあります。何かに迷ったときは楽なほうではなく、難しい方を選び楽しみながらその問題を突破していくという意味です。その問題に真正面からぶつかって突破していくことが大事なのです。




---大変ためになるお話ありがとうございました

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