日野日出志ロングインタビュー(1)

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聞き手は栗原隆浩です。


栗原  日野先生、以前おっしゃっていたんですが、怪奇と叙情の、怪奇の部分を今まで強調されてて、これからは叙情の部分を強調されるということは、つまり、『蔵六』の世界との決別ということなんですか?

日野 いや、決別というよりも、怪奇の色合いが強かったので、シフトを少しこっちに移して。一番はじめにやりたかった、子供向けのマンガということを考えるとね、いま、それを漫画の世界でやることは難しいので。雑誌なんかの関係で。そうすると、児童図書とか絵本とか、そういう方向なのかな、と。ただ、それも結構挫折していてね。言い始めてから。もう二年ぐらいになるのかな。やってはいるんだけど。やってはつっかかり、やってはつっかかりなんで。漫画っていうのは、ある程度フォーマットが決まっているでしょ?方式がね。その方式の中に、自分の個性を出せばすむことなんで。原稿サイズも決まっているし。

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日野日出志ロングインタビュー(2)

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栗原 読み切りで?

 

日野 いや、連載で。どうしようかなと思いながら、いつこっちの仕事がまた駄目にな
るか分からないところがあったんで。

 ごく、お手軽に、子どもの世界、学校というものを舞台に出して欲しいってことを、編集長が言ったから、学園百物語にしようと。単純に始めたの。始めたら、そちらの方の仕事が一段落付いちゃって。本来、そちらの路線でやってきているわけだから、決して嫌いじゃないんで。だんだん本気になって来ちゃった。気
が付いたら50回まで続く様な状況になって。それ以降10年ぐらい、ホラー雑誌で相当な量こなしてきちゃったの。

 

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日野日出志ロングインタビュー(3)

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栗原 ストーリー性も「叙情」も、一切なしで、挑戦状の為の挑戦状として?

日野 一切なし。

栗原 まったくストーリー性がないという部分で、僕は一番はじめに日野作品に触
れたんです。

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日野日出志ロングインタビュー(4)

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栗原 作品を読み返して気づいたんですが、見開き一ページの構成が、浮世絵のよ
うに形を持っている。そして、次のページにつながる、何かしら期待を抱かせるものがありますね
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日野 ええ、当然それも意識しました。漫画って、上から順に読むんだけれども、見開
くと、どうしても全部目には入っちゃいますね。今も、見開きから、こまの構成を考えるんです。 本となる以上は、書店に並んで、不特定多数の読者に送る。娯楽というものはね、まず大前提に考える。お金を出して買ってくれるんですから。語る以前にある。だから自分は、そこにプラスして、自分の世界を塗り込めていきたい。

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日野日出志ロングインタビュー(5)

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栗原 それはやっぱり、悩まないと出てこないものですよね?

日野 当然、悩んでいますね。あとは夢のお告げじゃないけど。何となく、もやもやっとした、テーマらしきものが先にあるわけですよ。10日間のスパンがあるわけです。最初にネーム切っちゃうやり方ってのは、10日間の間ですから、3日や4日で仕上げなきゃいけない。私の場合、10日の余裕がある。普通の漫画家は、ネーム出して、編集者と手直しのやり取りするわけです。僕は、最初からそれやってないの。一ページずつ、下書き書いたらペン入れていっちゃう。『蔵六』は違いますよ。全部下書きやってからだけど。だから、自分でも、次になにが出てくるか、分からないような描き方をするっていうのかな。小説家って、そういった書き方する人多いんだよね。

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日野日出志ロングインタビュー(6)

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栗原 僕は日野先生の作品を、仮に2種類に大別して、考えてみたんです。『豚の町』『わたしの赤ちゃん』のように、外部から何かがやってくるというものがひとつ。これは、例えば、赤ん坊という外部からの贈り物が、何か非日常を帯びているんですが。もうひとつは、『恐怖列車』のように、自分からどこかへと向かうもの。この二つを想定したんですが

栗原 「怪奇」「叙情」という2つのキーワードの、共通する部分について探ってみたんですが。まず、『わたしの赤ちゃん』の場合、自分の遺伝子を分けた赤ん坊が、どこかしら異常があったということは、自分自身の、先祖から伝わってきた遺伝子に異常があった事実を指摘されたということに他ありません。日常、表面上はなんともないものが、赤ん坊という外部からのものがパッとあらわれることによって、自分の異常性を告発されてしまうんです。だけど、それでも、産まれてきたのは間違いなく自分の赤ん坊であるから、可愛いと思うんですが


日野 うん、あのアイディア、どうしてできたか話したっけ?女房と結婚して、子供が出来たんだけど。長女ね。その当時は、男か女か、まだ分からなくて。だんだん女房のお腹が大きくなっていって。多分、女性と男って、赤ん坊が出来たということに対する感覚がまったく違うと思うのね。女の人は、新しい命が、自分のお腹のなかにいるわけですよ。こっちとしては、肉体的感覚が何もない。あれは、そのとき生まれたアイディア。女房には怒られちゃってね(笑)人が妊娠しているときに、よくこんな漫画描けるわね、って。しょうがないだろ、って言い返したんだけど。あれも、2回連載したのかな。
 生まれてくる命に対して、ある種の恐怖を感じたの。(愛着も?)そう。こんな仕事しているし、自分が本当に父親としてやっていけるのかという不安もあるし。男の感覚からしたら、異物ですよ。肉体感覚では捕らえきれないから。でも、間違いなくそれは日々細胞分裂を繰り返して、人間になっていこうとしているわけです。そこに、凄い怖さを感じた。物理的な怖さも、精神的な不安も含めて、いろんな思いがあった。それがアイディアになった。自分でも、馬鹿じゃないかな、なんて思いながらね。生まれるまでは、本当に不安だったね。男でも女でも、どっちでもよかった。普通に、ちゃんと生まれてきてくれさえすれば。生まれた子は、ごくごく普通だった。よく、ドラマとかで、子供が生まれたから万歳、なんてやっているけど、俺はそういう気持ちにはなれなかった。女房から打ち明けられたとき、しまった、って思ったもん。まず自信もないし。今でもそうだけど、めちゃめちゃ餓鬼だと思っているしね。ただ子供のまんま、身体だけが大きくなってしまって。漫画家なんて、大抵そうなの。大人の身体をした、子供なんですよ。だから、その俺が、子供なんて育てられるかな、と思ってね。できれば子供は・・ってふうに、気をつけてはいたんだけど、しょうがないよね(笑)

 いろんな思いが複合的にあって、描いた作品なんです。それで、何か社会性を持たせようと思って、公害というものをつけたしたんだけど。余分だったかなぁー。そんなことよりも、俺が感じていた、男としての本音の部分だとか、そこをもっと掘り下げた方が、より面白い作品になっていたかもしれない、今考えれば。公害だとか、ちょうどそんな時代だったから。人間が人間を産めなくなってしまう、したがって人間が滅びる、動物だけになってしまう。当然、環境は守られる、っていう発想にいっちゃったのよ。それが、あの作品の最大の失敗だったかも。

栗原 あの作品を通して、「怪奇」と「叙情」は、不可分である、と僕は実感したんですが。赤ん坊というものを通して、このふたつは重なり合う。叙情作品として、別の形で、『わたしの赤ちゃん』が蘇ってくると思うんですが。

日野 公害というものをテーマに据えたことが、あの作品は失敗だったと思う。浅いものになってしまった。ひとりの父親と母親、男と女、夫婦という関係のありようとか心象のところを、もっと突っこんでいけば、まったく違う作品になったでしょう。『恐怖列車』の場合は、どれだけ読者を、怖さで引っ張っていけるか、がポイントだった。怖さっていうのは、僕は娯楽だと思うから。怖いものをみたい、という欲求。お化け屋敷もそう。テーマだとか何だとか考え過ぎないで、一度、どこまで怖さを引っ張れるか、ということを試した作品。隔月誌で3回に分けて連載した。やろうと思えば、もっと延ばせただろうけど。自分が飽きちゃう。読みきらないと、ダメなんだよね。資質が、短編作家なの。持続力がないから、マラソンは走れないんですよ。短距離走者なの。次のものが描きたくなっちゃうんだ。次のアイディアが、常にノートに書き溜めてあるんで。いくつか並行して、次にやるものを選ぶとき、まず、一番出来上がりに近いものからやりますよね。やり始めて、終わりが見えてきた時点で、俺の中ではもう終わっちゃうの。もう、次のアイディアの方が気になっちゃう。もともとの性格があるもんだから、長いものでも、やって半年だね。やったのは、『サブの町』や『太陽伝』。はなし広げたのはいいけど、最後収拾つかなくなっちゃった。最近また単行本になったけど、できれば墨で塗りつぶしたかったんだよ(笑)。そうもいかない。逆に、伝説の失敗作なんていわれちゃって(笑)そんな見方あんのかな?恥だけど、消せないもんね、現実には。恥かくこともいいかな、って思って、出したんです。

日野日出志ロングインタビュー(7)

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栗原 『わたしの赤ちゃん』は、典型的なホラー作品ではあるんですが、僕はあの作品を、ホラーという観点では、まったく読まなかったんですよ。逆に、すごいリアリティといいますか。ありえないことではない。特にあの作品には、以前先生がおっしゃった、「叙情」作品の、破片のようなものが、顕著に垣間見れた気がしたんですが

日野 『わたしの赤ちゃん』では、叙情という部分は、もしかすると意識していなかっ
たかもしれないな。ただ、「怪奇」とか「叙情」って、出発点では、常に自分のなかにあったんで、当然のものとして、もう、それすらも意識してないんだよね。それでもうスタンプを貼られているし。ただ、『蔵六』だとか、それ以前にガロで描いていたころは、アイディアノートの一番先に、「怪奇」、「叙情」・・って単語書いて、毎日見ながら、自分の頭に叩き込んでいたけれど。それからは、既に消化して、自分の世界になったんで、格別意識はしていない。

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日野日出志ロングインタビュー(8)

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漫画家 日野日出志ロングインタビューの最終回。(インタビューアー:栗原 隆浩)



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栗原 いまの作家の作品は、意識されてご覧になりますか?


日野 ほとんど見ません。大体、漫画家はね、他の人の作品は見ないと思いますよ。見る暇がないし、時代を意識してもしょうがない。時代なんて、来年になったら変わっているから。僕は、時代なんて一切関係なしに、10年、20年経っても、読めるようなものを描きたい。

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