映画監督 中島貞夫インタビュー(1)

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職人映画監督、中島貞夫監督にインタビューしてきました。私の友人であるモンゴルからの留学生、ドキュメンタリー監督、阿金(あじん)さんの師匠でもあります。このインタビューは阿金さんのおかげで実現することが出来ました。初めてお会いした中島監督のオーラに古き時代の映画監督像をみました。
今年の夏、ラピュタ阿佐ヶ谷で企画された「荒木一郎ナイト」で、荒木氏が中島監督のお話をしてました。会社側から『ポルノの女王 日本SEX旅行』という題名に決められた時、中島監督は「荒木申し訳ない」とわざわざ言いにきたとのこと。泣けました。そのお話は、役者と監督との信頼関係も読みとることが出来ます。映画監督が自由に題名を決められなかった頃の時代です。そんな時代、中島監督は最前線で映画を作ってました。

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映画監督 中島貞夫インタビュー(2)

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牛田: 映画評論家の山根貞男さんが、どの分野でも器用に映画を作られる中島監督を尊称して「作家性がない作家」と池袋文芸座の「中島貞夫特集」のとき監督とお話されていました。現代の学生は60年代のゴダールやトリュフォーのような作家性の強い監督に憧れて監督になるってことが多いと思います。そういう学生さんに教えるということ、中島監督は作家性のある作品というよりも一般のお客さんを対象とする作品を作ってこられた。そこに何かずれとかがありますか。

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映画監督 中島貞夫インタビュー(3)



牛田: 何でもそうなのですが、師匠というのはその人の一生を変えてしまう存在だと思うのですが、中島監督にとって師匠って誰なんですか?

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映画監督 中島貞夫インタビュー(4)

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牛田: この三人の一人でも欠けたら今の中島監督はいませんか?



中島: それはどうかな(笑)。ただマキノの親父のアンサンブルの撮り方なんてすごくうまいよね。学生の時、芝居の演出したけどね。ああはなかなかいかないね。
長屋の衆をポンポン台詞割ってね。つくっていくプロセスなんてすごいよ。現場の演出力はマキノの親父から一番勉強になったね。役者をのせたり、おとしたり、「アホー」って怒鳴ってみたりね。ちょっとおだててみたり。

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映画監督 中島貞夫インタビュー(5)

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牛田: ライバルって誰か意識してましたか?



中島: あんまり意識してないんだよね。勝手なことやっているからね。ヤクザ映画やっている時にはそこにはいろいろな人がいるでしょ。エロ映画やっている時にはまた別のひとたちがいる。こっちやっている時の対象とあっちやっている時の対象って違うんだよね。ちょっとエロ映画やろうとすると当時の日活の連中とかね。あちらの方々は真面目にやっているんだけど、こっちは艶笑喜劇的にやってたりしたからね。ヤクザ映画のなかでも任侠ものは嫌だから一、二本やって逃げ出しているからね。ある時期はいろいろやりあったけど、ライバルっていうよりも兄弟分って感じだね。だからライバルってのはないんですよ。

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映画監督 中島貞夫インタビュー(6)

牛田: 終戦のときの記憶が中島監督の作品に反映されていますか?軍隊やじぶんが所属している組織から逃げていくこととか?



中島: ずらかるのは非常に上手よ(笑)。



牛田: 中島監督の作品逃げる人よくでてきますね。

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