第一回特集は「しりあがり寿」

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『文化会議』ではさまざまなトピックを扱っていく予定ですが、基本的には特集を軸にしたメディア作りを考えています。

記念すべき第一回特集は、異色の漫画家である「しりあがり寿」です。

今回の特集は日本大学芸術学部文芸学科内に編集部をおく文芸誌「江古田文学」とコラボレーションという特別企画として展開することになりました。







参考URL:

おーい! さるやまハゲの助:しりあがり寿オフィシャルサイト

しりあがり寿 - Wikipedia

Yahoo!ブックス - インタビュー - しりあがり寿

「真夜中の弥次さん喜多さん」を観て  

 

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【高橋 直宏 (たかはし・なおひろ)】 日本大学芸術学部在学中
 

popcorn.jpg今回の作品はとにかく人によって意見がものすごく分かれる作品である。くど官の映画は女子高生に人気が高く(長瀬や岡田が人気なだけかもしれないけれど)、劇場に観に行った帰りのエレベータの中は女子高生ばかりだった。聞き耳を立てみると(でっかい声で喋っているから聞き耳たてなくても聞こえてくるのだが)意見は面白いと、気持ち悪いと、意味が分かんないの三つにおおよそ分かれているようだった。

 僕自身も実際観た直後の感想は「なんかすげぇことやっちゃたね」程度の感想しか浮かんでこなかった。

とにかく観た後の後味が悪いとまではいかないまでも、とてもびみょーなのだ。

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「ヒゲのOL藪内笹子」を読む

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【嶋村寛人(しまむら・ひろと)】 日本大学芸術学部在学中
 

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 しりあがり寿の名前を知ったのは、つい最近のことである。もっと言ってしまえば、ここで原稿を書くことになるまで、しりあがり寿の名前は知らなかった。そうして、最初に渡された漫画は、「ヒゲのOL藪内笹子」であった。


 「藪内笹子」の名前はともかくとして、「ヒゲのOL」である。まず、この発想のインパクトがすごい。ヒゲのOLという発想を、そのままストレートに漫画の表題に付けてしまう所も面白い。しかし、逆に言えば、笹子はヒゲを生やしていなかったらただのOLになってしまう。もちろん、話の中では彼女がヒゲを生やしていなくてもまったく問題ないものもある。しかし、それでも笹子がずっとヒゲを生やしたままでいることは、彼女の強烈な個性の一つとして、外すことが出来ないものだからだろう。

 

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便壺の底の旨み

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 【栗原隆浩(くりはら・たかひろ)】 日本大学大学院芸術学研究科在籍 
 

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通勤電車ほど、陰気な戦場はない。その戦いは日々繰り返されるゆえ、喧嘩特有の晴れやかさすら失ったダンジリ祭りだ。

私は前々から、電車の混雑ほど人々から嫌われているにもかかわらず、一向に問題視されることのない現象に、疑問を抱いていた。あの数メートル四方の空間で争われる席とりゲームに、真の意味での勝利者など存在しない。つかの間の勝者は明日の敗者であり、かろうじて吊り革につかまりダウンを逃れる10ラウンド目のボクサーに、明日自らがならないという保証はどこにもないのだ。

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■「喜多弥次」のリアルへ■  福岡尚志

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 【福岡尚志(ふくおか・ひさし)】 日本大学芸術学部文芸学科在籍 
 

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 米を研いでいる手という場面から始まって気持ちが悪かった。ジャッジャッという音が不快感を出しているだけかと言うとそれだけでなく、米を研いでいる手だけしかカメラが映していないというのが一番の原因であると思う。

 気持ちが悪くなるのは、他の部分が見えないからである。雷のSEとか白黒映像であるとかが使われようが使われまいが関係なくて、単純に米を研ぐ手だけを見ていると、その行動が信じられなくなる。同じ文字を繰り返し書いていると、その文字がその文字であるのか分からなくなる感覚の応用だろうか。とにかく米を研いでいるだけではなさそうだ、という疑いが我々観客に生まれる。

 

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■弥次喜多INリアル■ 林未央

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 【林未央(はやし・みお)】 日本大学芸術学部文芸学科在籍 

「おいら、リアルがとんとわからねぇ」

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真夜中の弥次さん喜多さんの冒頭で、喜多さんが発した言葉である。二人はそれをきっかけにして、お伊勢さんへ旅立つことになる。お伊勢さんへ行けば、薬の苦しみも、働くことの苦しみからも解放されると信じて。

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■愛って素晴らしい!■ 蝦沢瑞樹

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愛って素晴らしい。心の底からそう思いました。原作のストーリーはどこへ行ったのかとか、話の意味がわからないとか、結局ふたりは伊勢に着いたのかとか、疑問はたくさん残っています。ふに落ちない点もたくさんあります。けれども弥次さんと喜多さんがしあわせそうにイチャイチャしているシーンを見ると、そんな些細なことは、もうどうでもいいやと思えました。ホモですけど。
 私は同性愛の話は苦手です。自分には無縁な世界だから理解ができないというだけで、その存在を否定するわけではありませんが、それでも男同士のキスシーンを見て平然としていられるほど悟ってはいません。最初は、うわぁ・・・と思いながら見ていました。でも弥次さんに腕をからめてもたれかかる喜多さんを見て、男同士もありだ、と許容できるようになりました。当人たちがいいなら、それでいいんじゃないか、と。特にことあるごとに喜多さんを思いやる弥二さんの姿は、普通のカップルのように微笑ましかったです。腕を組んでスキップしているところなんてかわいいです。ある意味、そこらのカップルよりも彼らの方がいい恋愛しているんじゃないでしょうか。
 そんな風にふたりを見守っていて、納得できなかったことが。それは弥次さんに女房がいたことと、喜多さんが女に惚れたこと。後半の話はそこだけ見れば、やっぱりお互いに必要としていたのは弥次喜多だったと、いい話かもしれない。でも前半でふたりの仲を刷り込まれた私には、他に女をつくるなんて! と裏切られたように感じられました。他の相手なんて彼らには似合いません。彼らは弥次喜多だからいいんです。
 エンディングでははっきりしませんでしたが、願わくば彼らが無事、伊勢に着いてしあわせでありますように。〔えびさわ・みずき〕 (日本大学芸術学部文芸学科在籍)

■弥次喜多 in DEEP■ 神戸雄大

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 胡蝶の夢という著名な思想にもある通り、夢とうつつの狭間とか、今居る現実の不確実性というのは、四千年の昔より人間が考え、答えを欲していたものである。かくいう私も「夢の中で疲れるから眠りたくない」というひねくれた不眠症のような、心の間隙について一ヶ月程前に落ち込んだ。  漫画版弥次喜多のうつつの頼り無さ、自分の常識である現実の不確実性というのは、最終局面においての千年ボウヤの台詞「夢って怖い・・・」というのに集約されている。実際、三、四巻などの集団意識による思考停止、それを利用してのファシズム思想の描写などは(恐らく作者にとっても)些細な問題で、むしろ小道具である。そのような、人間社会が作り上げた狭い問題を描いていてもたかが知れている。最新型のコンピューターなどより余程優秀な演算処理機能を持つ人間の心、内宇宙を描けば、答えの知れたものを描くより値打ちがあるのだ。しかし人の心はロジックではなく、それを紙上に写そうと試みれば、カオス状態になるのは明白である。その意味で、弥次喜多は映画化には向いていなかった。というより、始めから商業ベースに乗せようとするには無理があったのだ。そうやって、映画の弥次喜多は作者と資本の中で、救いがたく乖離している、との印象を私は強く抱いてしまったのである。

■真夜中の弥次さん喜多さんを観て■ 渡辺裕美

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 細かいギャグは面白いと思った。しかし、私の人生体験不足からか、あまり好きとも全体的に面白いとも思えない。扱っているテーマは人が生きるにおいてとても大きなものなのだろう。考えれば深く壮大な物語なのだろう。しかしその前に立ちはだかる長瀬の演技や、観れば観るほど意味のわからないストーリーに、いらいらしてしまうのだ。  そして、日常好きなので、ぶっ飛んだ映画なり漫画なりが苦手なんである。あの原作から、クドカンはよくつじつまが合うストーリーに仕立てたと思う。でもあの絵の抵抗感もあり、やっぱり嫌だという目で見てしまう。  今回は、私の前にフィルターが多すぎた。そういうものをあと何年かかるがわからないが、克服できたときに、またこの作品を観たい。

■真夜中の弥次さん喜多さんを観て■ 菊地奈々子

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 話題作ではあったので興味はあったが、何分映画館というものがあまり好きではなく、DVDが出ればいいやと思っていた。しかし、周りからのすすめもあり、見ることになった。

 一番驚いたのは豪華なキャスティングだ。主人公の二人はとりあえず置いておいて、竹内力やおぎやはぎを始めとした、役者・芸人・漫画家・声優に至るまで、演出家の宮藤氏と関わったことがあるありとあらゆる人物が総出演していたこと。そして、その出演時間の短さにはあっぱれである。映画で主役を張るような人物でさえ、約4分弱しか顔を出さない。贅沢と言うか何と言うか。センスもあり、演技力や演出力のある一流アーティスト達が皆で力を合せて本気で遊んだ。そんな印象の強く残る作品だった。大スクリーンで見る方が正解だと思った。

「イメージのリレー」

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 十月十四日、日本大学芸術研究会(於:日本大学芸術学部)において
中島安貴輝氏(デザイン学科教授)による講演「デザインから見た文字組」が行われた。デザイン学科の中島教室ではしりあがり寿作品を用いてタイポグラフィー、エディトリアルデザインを行う試みがなされており、それらの発表も行われた。ゲストで登場したしりあがり寿氏のコメントに「イメージのリレー」という言葉があった。イメージがさらなるイメージを呼び、あらたなる作品が生まれていく。しりあがり作品の映画化しかり、エディトリアルデザイン化しかり。

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江古田文学 60号

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「江古田文学」60号【しりあがり寿特集】発売中。
豪華執筆陣によるしりあがり論、しりあがり寿本人による書き下ろしイラストなどなど目玉満載!

文化会議の面々の原稿も掲載されています。

お問い合わせ・・・江古田文学会 03-5995-8255

しりあがり寿氏に気になることをちょっと聞いてみました

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(2005年10月13日)聞き手:山下聖美
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質問 先生の作品には「ユートピア」を探すようなテーマがよく出てくると感じているんですが、先生御自身にとっての「ユートピア」とはどういうところですか?

「心配事のないところかなあ。」

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